悠久の丘で
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吏部侍郎の姉 上
何故か服を渡された。別にそれは良いのだが、何故女物? と疑問を持つよりも先に、愛すべき三男が茶で言葉を濁しながらぎこちなく話す。
どうやらコレは彼の趣味…ではないな。もう少し良い趣味を持っていたはずだ。どいつもな。
間違っても女官らしい服を贈って来るような性格ではなかったはずだ。……まァ、生地はとても良いものだし、デザインも斬新的ではあるが俺の好みでもある。共に渡された簪は確か紅家専売の石まであしらってあるのだから、彩七家の人間でも常使いできない高価なものだというくらいは分かる。
「…おわァ、随分高価だな」
この服一式で拾われる前の俺なら何年生活できただろうか?
―――ん、3年は軽く出来るな。
「邑榛、頼めるか?」
「良いよ。別に俺も暇だし、いい加減腕も鈍ってきたし、もっと動きやすい服なら忍び込むのも楽しいんだけどな」
そう言えば玖琅は茶器を置いて咳払いした。
「…邑榛、お前が捕まったときの事を考えろ」
「何、紅家が傾ぐって?」
鼻で笑う。そんな事で傾ぐほど紅家は落ちぶれちゃいないし、俺はいつでも捨てられる駒でしかないのだから別に問題は無いと思うんだけどな。
「そんな事では傾がん。…そういう事ではない、黎兄上は間違いなく仕事をすべて放棄して朝廷が機能しなくなる」
「ははは、愛されてるね、俺」
玖琅は何も言わなかったがつまりはそういうことなのだろうな、と思う。
「良いよ玖琅。俺はお前等の望みはすべて叶えてやるって言っただろ?」
うん、と伸びをした。
玖琅は可哀想に苦い顔をしていたから俺はウィンクをしておいた。
*
「貴様、何者だ!?」
「…あら、私、霄大師に要請され我が主の命により急く参入いたしました」
一介の門番にはこの時点でこの妙齢の女の声は毒だった。
後ろについていた静蘭は顔を顰める。珍しく仕事中に呼び出され将軍までもが許可を出すから迎えに行ってみれば同い年のコイツは何故か綺麗になっているし。
女にしては低い声が身体の奥をざわざわとかき乱している。恐らくはそれを、目の前にいる可哀想な門番も感じていることだろう。
心の底から賞賛を送る。
本当に性質が悪いな。
なだらかな小丘を作る胸に手を沿え、女は微笑んだ。
「吏部侍郎、李絳攸の姉にございますわ」
はい、と紅黎深によって書かれたらしい文を門番に渡して女は小首を傾げたままニコニコと笑っている。裾の長いひらひらした服は官吏にすらなじみが無く、酷く違和感を抱くのだがそれが逆にしっくりくる。
文に目を通す門番の手が震えていることに女も気付いているだろう。
あァ心の底から性質が悪いな。
だが、とても良い物事の運び方でもある。
静蘭は後ろで内心感心していた。
恐らくあの文にすべて目を通し終わった後はすんなり通してもらえることだろう。
彩七家は全く関係ない。
ひとえにコイツの物事の進め方があまりにも巧妙すぎるからだ。
「…お前、楽しんでるだろう」
「……あら、何のことでしょう? 私はそんな」
門番に聞こえないように後ろでこっそり囁いたら唇を殆ど動かさず答えが返ってきた。
「本当に性質が悪いな」
「静蘭、貴方には言われたくありませんわね」
女は微笑んだ。
「普通の手口ですわよ? 自分の欲求を相手に飲ませる気ならやりすぎに感じるくらいが丁度良いと云うもの」
違いませんこと? と問う相手の顔はこれ以上ない満面の笑みだ。
そう言えば過去に邵可様や黎深を見事言い含めた時と同じ顔をしている。
「あーあー…」
門番は非常に悩んだ顔をしていた。それに対して女は満面の笑みで。
明らかに彼の領分を脱しているこの事項に頭を悩ませているのは明らかで、ここで彼よりも上級の人間が通りかかればすぐさまこの事項を譲る、見たいな顔をしているのに女は暢気なものだった。
「まだ通していただけませんか?」
額に手を当てて拭って見せるなど言外に、暑い、と云う。ただの脅迫にしか見えなかった。
「あー、いや、な」
「……もしや主の文だけでは力不足だとでも」
「いや、それはない!」
「では…」
「ない、ない…が」
主といえば今は紅黎深になるのだろうか? それなら恐らく桐竹鳳麟も押してあっただろう。その印を押して尚通せないのは女であるから故だが、真っ向きって通せない、と云うのは只単に紅家に喧嘩を売っているのと変わらない。
恐るべき卑怯さであった。
その時――――…
「…おや、どうしたんだい?」
どうやら、コイツには凄い運があるらしい。門の奥を通りかかったその人物を見たとき女はにやり、と笑って、略式の礼をした。
「どうも、お久しゅう御座います―――」
門番は顔を引き攣らせ、声をかけた相手を見る。
「晏樹様」
晏樹はそれで誰だかわかったのかへらりと笑って手をぱたぱたと振った。
*
その日絳攸は何時もと同じように養父でありながら上司でもある紅黎深の未処理書簡を片付けていた。
何故か外が多少騒がしいのだが、いかんせん彼には目前の敵がいた。外なんかに気を配っている暇なんて無く、そして絳攸は彼を刺激しないように細心の注意を払って入室してきた珀明に世間話のようにある話を切り出されたのであった。
「―――…ぁ、そういえば絳攸様」
「なんだ」
答えながらも筆は決して止まらない。
これはもう、ある一種の才能だと思う。
毎度山のように積みあがった所感を見るたびに絳攸は思っていたのだが、それでも今回はまだどうにか絳攸が目の下にくまを作るくらいで書簡は片付いていく。
吏部ではすでに見慣れた光景であった。
「絳攸様って、姉上がいらっしゃったんですね」
――――――うん?
「なんでも今日来ているとかで、官吏たちが騒いでましたよ」
確か…美人だって騒いでいたっけ、と珀明はおぼろげな記憶を辿って発言した。
「あ、そう。武官を引き連れて出廷したとかで、それでも噂の的になってました」
その中には「何故あの女人を後宮に入れない?」との紅家当主への文句も含まれていたようだがそれには敢えて口をつぐんだ。
触らぬ神に崇りなし、だ。
「……姉?」
だが絳攸はいぶかしげに首を傾げた。
「私の、姉?」
「えェ、そう言ってましたけど」
あんなに綺麗なのにシラを切る理由があるだろうか。珀明はあまり見慣れることのない上司の姿に首をかしげる。
「………どんな、人だった?」
よく見ればうっすらと絳攸は汗をかいていた。
自分に姉はいない。
――――――――が、姉と偽って入殿して来そうな奴なら1人ほど、知っている。
今朝方も会った。
「えっと…綺麗な黒髪に…、あぁ、目は紅でした。すごく色も白くて…、背も結構高かったですよ」
「…目が、紅い…?」
「えぇ。違いました?」
いや、寧ろあいつしか思い浮かばなくて困ってます。
「堂々と入殿してたんですけどねー、なんでも早い入殿には門下省の凌様がいたからとかなんとか…」
「何ぃ!?」
文机を思わず叩いてしまった。
墨が浮いて、書簡を汚さなかったのは奇跡に近い。
だが、そんなこと絳攸には気にならなかった。
それよりももっと気になることを作った奴がいた。
「門下省の…凌、晏樹殿が…?」
「はい。なんでも姉上の方から凌様を見つけて声を掛けたとか…」
「あー…、姉上…が?」
ここでは、そう言っておかねば問題が生じるだろう。
男とか言ったら、実物を見てきた珀明であっても、…というか、実物を見ているからこそ嫌だろうし。
昔から、邑榛は女装も似合っていたから。
それにしても、それは拙い。非常に拙い。
その話ならもうきっと彼も聞いているはずだ。あの人が聞いていたら凌晏樹は只ではすまないだろうし、ましてや邑榛など。
無事でいる訳がない。
「…絳攸…様?」
酷く頭が痛くなった。明日無事に生きていられるかなァなんて思って。
俺は、邑榛に女装なんてさせた者を恨むことにした。
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