悠久の丘で
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その家人最強につき
『俺はさ、お前等が大事なものは守ってやる』
そんな事を言わせるために拾ったのではない、と長兄は言い、末の弟はその台詞を聞いた瞬間、とても後悔した色を顔面に押し出した。顔色の変わることがあまりない我等兄弟の顔色を変えられるのなんて後にも先にも片手で数えられるほどで、そしてコイツはその1番最初だったのかもしれない。
長兄は分からないけど。少なくとも自分と弟は、そう。
『邵可、玖琅、黎深』
名を呼ばれるとそれだけで心が沸き立つ。
『俺はお前等が好きだよ。お前等が、3人が俺を必要としなくなる日まで、もう1度捨てるその日まで、どんなものからも俺が守ってやる』
私と兄上よりは年下。玖琅は同じくらい。
コイツはそう、13の時にそう言った。
アレからもう13年。邑榛は今まで1度も約束を違えたりしない―――…
「黎深、お前いい加減起きろよ? それ以上惰眠を貪っているようなら俺が永遠に眠らせてやる」
怒気を押し殺したようなあまり感情の伺えない声。その声が毎朝の目覚ましである。
バンッと大きな音をさせて開いた戸から柔らかな光が差し込む。光と音、そして声によってゆっくりと上昇してきた意識の中でそれを聞いて、漸く、あァ起きる時間か、と思った。
そうは思っても身体はまだ惰眠を貪りたい、と動かないわけで。
勘の良い邑榛はすでに気付いているだろうけど、それでも惰眠を貪ることに決めた黎深はゴロリと寝返りをうつ。
「…おい、黎深…」
そして案の定、呆れたような声が聞こえる。
起こす声だけは強気なのに、その後が強気のまま続かない――それは朝に限った事だったが――邑榛は、溜息をついて寝台の端に腰掛け無邪気――そうに見える――黎深の額にかかった前髪をどかしてやった。
そろそろと手を伸ばして前髪に触れる邑榛の手を取って、寝ている間の意識のない悪戯だと思わせるように手を引いた。
「…わ、ァっ!?」
予想と変わらず自分の上に落ちて来た邑榛の体温を確かめるように抱きしめる。兄上が拾って来た時から考えれば幾らか肉付きのよくなった、だがまだ細い身体は腕の中にすっぽりと収まる。体温の低い身体は気持ちが良い。
「……………黎深、寝ぼけてるのか?」
呆れたような邑榛の声が耳元で聞こえた。熱い吐息混じりの言葉に身体がびくりと反応する。
それを、密着させた腰に伺ったのが邑榛の甘い悪戯を含んだ声が聞こえた。
「…黎深、朝から随分元気そうじゃん?キツそうだねェ」
この声では起きていると、完全にバレているだろう。背に冷や汗が流れる。
起きぬ姿勢をとるなら、と遊ぶ事にしたのか、邑榛の細く長い指が布団に潜り込んで股間に触れる。
袷に素早くもぐりこむ指で裏筋を撫で上げ、先端を小刻みに擦るように動かされれば、早くも堪らない。―――と、言うかコレに関して言えば、どこで習ったのか邑榛はかなり上手かった。
「…ん、また大きくなった」
的確に敏感な場所に触れられれば男と云うもの、自然に勃ち上がるというもので。
邑榛の声がどこか嬉し気で、奴はあろう事か布団に潜り込んで来た。薄く目を開けると股間のあたりに人1人分くらいの大きな膨らみがあって、何かとても嫌な予感がした。
早く狸寝入りなんてしていないで起きれば良かった。
日ごろ後悔なんて文字を脳裏に浮かべることの無い黎深だったが、邑榛に起こされる日は例外である。
―――…そしてその予感は違わず、布団の中とは言え、邑榛が性器を取り出して現実の物となる。
最初は先程と同じく指でいじっているだけだった。だがそれですら的確にいじる邑榛の指に吐精させられそうになるのに、あろうことか邑榛はそのまま濡れた性器を口に含んだ。
「―――…ッ!」
熱く濡れた口内。舌が遠慮なく敏感な割れ目を抉るようになぞる。
ぞくり、と肌が粟立つ感覚と共に、腰に心地よい重い波。
つい、目を見開いて背がぴん、と伸びてしまう。
「―――ぅ、っ」
小さく漏れてしまった声に気付いて、急いで口元を押さえる。腰に溜まった熱が重く、苦しい。
その苦しさを感じ取ったのか、邑榛の舌の動きが、今度は悪戯するものから射精を促すものに変わる。
「ッ、ん」
鼻に抜けた音にぎょっとして、慌てて布を噛んだ。
なんだコレは。恥ずかしすぎる。
邑榛が喉の奥まで呑込んで強く吸い上げた。
あァくそ、何で私がこんな目にあわなければならん!?
「……ご馳走様ってね。おはよう、黎深」
つい、邑榛が布団の中から飛んだ白濁を少し前髪や鼻筋につけ、それを猫のように舐め取りながら顔を出し挨拶してきたときに、怒鳴りそうになってしまった。
そして邑榛がこんなことをのたまうから悪い。
「黎深随分気持ち良さそうにしてたな。そんなに良かった?」
ああ、気持ちいいか気持ちよくないかで聞かれたら凄く気持ちよかったさ!
顔を赤や青に変えながらそれでも言えずにいると、邑榛が指の1本1本を舐めながら微笑んだ。
「黎深、可愛いんだから声、殺さねェで良いのに」
「邑榛ッ!!」
「あ―――、はいはい、黎深、分かったよ。俺は出てく。早く飯来いよ」
綺麗に整った顔で、これまた綺麗に笑むのに言っていることと白濁を舐め取る紅い舌だけが酷く卑猥だ。
怒鳴ると邑榛はケタケタ笑って寝台の上から飛び降りて、戸の方へと歩いていってしまった。
「あ、黎深」
だが、戸の影に消えたと思ったらすぐに顔を覗かせた。高く結われた射干玉が腰の辺りで揺れる。それを結い上げる緋色の組紐は、そう言えば過去に、我等兄弟が邑榛に贈ったものだった。
二の腕の半分から先と臍が露出する身体にぴったりとした上衣に、腰にて紐で結ばれた七分の下衣。動きやすいといってまったく譲らない邑榛のために、わざわざ作らせたのだ。
「……なんだ」
「絳攸呼んでたかも。あとその色っぽい顔、どうにかしてから出て来いよ」
邑榛がにやにやと笑って。
「―――お前のせいだ、馬鹿者!」
「馬鹿って言うなよ、本当のことだろ? お前性格きついけど顔はすっごく綺麗なんだから気をつけろって。まァ…紅家を敵に回してまでお前を襲おうとする奴、いたら見てみたいけどな」
挑発的に笑う。そう言ってる本人の顔も整っているのだから性質が悪い気がするのだが…。
邑榛は笑む。びっくりするほど色っぽいその表情に、私は幾度も文句を言いたくなるのだけど、邑榛がその視線に気付くと常の表情に変わってしまうから惜しい。
「…どうした黎深。すっげェ悔しそうな物欲しそうな微妙な目、してるぞ」
「うるさい、一言余計だ馬鹿」
ばさりと布団を頭からかぶって。
邑榛の気配を探れば、邑榛は今度こそ部屋から出て行こうとしていた。
「黎深、ちゃんと頬の赤味落としてから来いな? 俺も飯食わないで待ってるから」
絳攸も待ってるよ、あの子はワンコだからね。と言われて言い返す言葉が見つからなくて、心の中で――珍しいことに――絳攸に謝ってしまった黎深はふと我に返って首を左右に振った。
「あとさ、入殿まで絳攸は時間ないんじゃねェのかなァ。黎深が狸寝入りしてたせいで」
さらりと言った言葉に噛み付く。
「お前が変な起こし方をするからだろう!」
「俺のせいじゃないよ、黎深が起きなかったから俺はああ云う手に出ただけ」
邑榛はにやりと笑う。そして、もう1度、唇だけの動きでご馳走様、という。
布団を目まで下ろしていた黎深は気の毒にもそれを見てしまい、もう1度真っ赤な顔で布団をずり上げる羽目になった。
くそ、これではセクハラと何も変わらないじゃないか。
「ンじゃ、黎深本当に早く来てやれよ。絳攸はどうせ迷うんだからその分も時間計算してやらなきゃ」
絳攸を拾う前からこの家に居る邑榛は苦笑とも満面の笑みとも取れる笑みで口元を隠した。
伸びをするような形で後ろ手に手を振って去っていった邑榛の後姿を見送って大きく溜息を付いた。
いつの間にあんな性格になったんだ、邑榛は。
自問自答して、だが答えは出てこない。
確かに兄上が拾ってきた頃の邑榛は警戒心ばかり強い猫のようではあったが、決して”ああ”ではなかったはずなのだが。
「何処かで育て方を間違えたか……?」
見つけたのは玖琅
拾ったのは邵可で
育てたのは黎深
未だに「見玖」「拾可」「黎育」と嘲るように呼び笑う者も、紅本家や朝廷に時折訪れる時に、存在する。
それでも邑榛は気にした素振りを少しも見せなかった。
恐らくは悔しかっただろうに。
「……あの頃はまだ随分素直だったように思うが…」
寝台から身を起こし、しゅるりと帯を解いて寝間着を落とす。
邑榛と共に住むようになってから、式服以外、すべて自分で切れるように教育されたおかげで、官服は自分でも着れるようになった。しゅるりしゅるりと何本もの帯の布ずれ音を静かに響かせ留めていく。
すべて留め終え、常の官服姿に着替え終わった黎深は溜息をついた。
伸びた髪を後ろで結いもう1度溜息をつく。
育て方を間違えただろうか、とは問えない。
問えばコレまでの邑榛との時間はすべて無かったものになる。
黎深はもう1度大きく溜息をついて、迷子の絳攸が待っているという食卓へ急いでやることにした。
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