悠久の丘で
top about main link index
Menu>>>
name /
トリコ /
APH /
other /
stale /
Odai:L/
Odai:S /
project /
MainTop
躁鬱開始
「―――はァ? 隊長がぶち込まれた…?」
大き目なのに色合いの為細く見られがちな紅い色が、これ以上ないくらい不愉快そうに細められて、直属の部下は皆が皆、背筋が凍ったような気にさせられた。
「…はっ、只今そのように連絡が……」
「…ったく、何考えてるんだ? 俺様が折角隊長の為にクソつまんねぇ監獄暮らしも1週間くらいだったら我慢してあげようかなー? って思って手配進めてるってのによ…」
銀色の美しい色合いの髪。それをがしがしを乱暴に掻いて、それまで持っていた大量の書類をばさーっと音をさせて床に撒き散らす。
それはある意味いつもの光景だったので特に何かをもらす奴は居ないが、それでも上司の心情を汲んで、誰も何も言わない。
こうなっている時の上司は、非常に子どものようで可愛いと。
そう人知れず称されている事が多く、実のところそれを黙って堪能している部下が多いのは本人のみが知らない事実だ。
「あぁ、もう我慢できねェ、これ、暴れても文句言われないよな…? うん、そうしよう。俺様権限。―――お前ら、俺が居なくても3週間は此処をこのままに保たせられるな?」
「はいっ!」
「それでこそ俺の兵隊だ」
声色には疲労の色がまだ濃かったが、それでも褒められると嬉しいというのは飴と鞭をおそらくは本能の部分で上手く使い分ける上司の下だからで。
「んじゃ、命令」
他の兵隊がどういう扱いを受けているのかはわからない。
だが、この上司の下についてからというもの、この「命令」という単語を聞くことがこの上ない楽しみだ、とは、他の兵隊の間では聞かない話。
ある一種のドが付くMらしいぜ、と隊長が楽しそうに言うのでそれも良いか、と考えてしまった連中ばかり残ってしまった結果だ。
「良いな、皆に伝えておけよ? 俺は監獄に遊びに行ってる隊長他幹部とラッキードッグと遊んでくるから、その間、お前らはクソ犬共から少なくとも隊長の管轄してるシマ…ってのがあるわけじゃねぇんだが…取り敢えずデイバンで重要な所は死ぬ気で守れ。筆頭幹部殿は文句を言うかも知れんが…まぁ、多少のおオイタは許してやろう」
にぃと、唇を吊り上げて笑う。その表情があまりにも綺麗だなんて、言ったらその場で此処を追い出されるので誰も言わない。
「俺が帰ってくるまでカヴァッリの爺様に指示貰えるように言っておくから、困ったときは爺ちゃんになんか聞くこと」
まるで子どもに言い聞かせるように言う口調ですら、すでに正常な脳の8割以上を破壊されているこのメンバーではかなりの飴となっているだろう。
―――内容は、ともかく。
「あと、俺が帰ってきたら甘い物沢山用意しておくこと」
「はい!」
全く関係ない命令まで付け加えた上司の名前は、クリスティアーノ・デア・オーエ。異様に部下に慕われ、部下に愛称に様付け、もしくは姫と呼ばれる、現CR:5内でも珍しい幹部付き部下。
色んな意味でCR:5の爆弾だとも噂される、その人である。
*
「…………実は、此処マジソン刑務所に奴が来る事になったらしくてな…」
そう、重い口調でベルナルドに切り出されたのは俺に幹部位がカヴァッリ爺様から譲渡された次の日の事。その飯中に溜息混じりで告げられた言葉に、俺は味のしないスープを口に入れながら首を傾げた。
「奴…?」
「あぁ、クリス…、クリス・デア・オーエ」
「…はっ?」
危うく持っていたスプーンを取り落としそうになって、皿の縁に当たってかちゃんと音を立てたそれを、慌てて握る。
「―――なんでクリスが此処まで来るんだよ、つか来ちまうんだよ!? デイバンはそんなにガッタガタなのか?」
「いや…、今はボスとカヴァッリの爺様が顧問として支えていて、別にアイツが此処に来る理由もない…と、思うんだがなぁ…」
歯切れの悪い言い方に懐かしいデイバンを思い出して胸騒ぎがした。
「取り敢えず、どんな理由だってアイツが捕まるのだけはありえないだろ…! 何よりクリスの兵隊が許さねぇ」
「…その、筈なんだがな……」
人呼んで爆弾快楽者、クリス・デア・オーエ。
別にクリスの使う武器が爆弾な訳ではない。アイツの武器は、ジュリオが大抵の場合ナイフであるように、鞭である。本当に鞭を武器にする奴を初めて見た感動と言えば、アイツの部下に囲まれたせいで霧散してしまった。もう覚えてもない。
爆弾を使わないのに爆弾快楽者などと呼ばれているのは、確実に奴自身が爆弾と成り得るからで。
どんな意味でも、奴は無自覚に悪意なく人が持っている導火線に必ず火を付けていく。
そんな要領で奴に自身のドM心(本人達は恋心だと豪語する)に火を付けられた奴らがクリスの部下。
1にも2にも奴らの大事なモノはクリスで、それが頭の中で異常な常識となっている奴らがクリスに監獄暮らしなんてさせる訳がない―――…と、1度でもクリスの部下を見たことがある奴はそう思う。
「取り敢えずクリスが来るなら色々不味い」
「―――フルコースに1名様追加ってか…?」
気楽に言うぜ、と野菜の切れっ端を突っつきながら愚痴ると、ベルナルドもわかっているのか肩を竦めた。
「…アイツがなんで此処に来るのか、予想は付くんだがな…それにしたって普通来るか…?」
また前髪に負担になりそうな心労を掛けられたベルナルドは呻く。
「…理由?」
「あぁ。ジャン、クリスが今幹部付になってるのは知ってるか?」
「―――…幹部付…って、俺で言うところのカヴァッリ爺様みたいな奴か?」
「………あぁ…、まぁ、間違い、ではない…、が、アイツのはもっとこう…なんか納得いかない感じなんだが…」
歯切れ悪く告げるベルナルドはぐったりとして、何故だろう、幾つも老けたように感じる。
それにしてもクリスが幹部付き。
アイツを上手く扱える上司が何人居る事か。だから俺はクリスだけは絶対に誰かの下になんて付かないと思ってた。
「―――ベル、何が、納得いかないんだって?」
背筋が凍った。心臓が止まるかと思った。
錆びて動きの悪くなったからくり人形のように酷くぎこちない動きで振り返った視界には銀色。そして強すぎる紅。
見間違える訳がない。
「―――ハロー、クリス」
「アロー、ジャン」
にっこりと目を細めて微笑むクリスを綺麗だと感じるそれで、同時に恐怖を感じる。それはベルナルドも同じ様で、眼鏡のブリッジを押し上げるベルナルドは瞑目していた。
よーくわかるぜ、ベルナルド。冗談抜きで怖い。
「……なんでも、ないさ、ハニー」
「そう? それは良かったわ、ダーリン」
一瞬で張り詰めた空気をクリス自らが壊して、ベルナルドは力尽きたとでも言うように机に突っ伏す。思わずかいた冷や汗がまだ背を伝うけど、それでも数瞬前よりは遥かにマシ。
「クリスー…、脅かすなよぉ」
「失礼な。脅かしたつもりは全くないぞ、ジャンカルロ」
「あとそうやって呼び慣れない呼び方すんな」
「まったく、我儘坊やめ」
肩の力が一気に抜けるって素晴らしい! 返って来た軽口に、もしかしたらクリスは俺に幹部位が与えられたなんて知らないのかと安心した。
いくらなんでも非常事態で与えられた幹部位に、ひれ伏す(そういう性格じゃないって知ってても)昔馴染みなんて見たくない。
だから。
「非常事態だとは言え、昔馴染みの出世を喜んでやると言っているのに」
「―――…は?」
だからそう言われた時は血の気が引いた。
「ジャンカルロ・ブルボン・デル・モンテ? 非常事態だと言っただろう。恐らくはベルナルドもそうしているように、あらゆる情報は耳に入るようにしている」
何でもない風にさらりと告げられる事が普通では有り得ないのだと。驚愕したまま動かなくなってしまい、まるで最初からそんな置物であったようなベルナルドを見れば手に取るようにわかる。
「クリス」
「―――…わかったよ、ベル。わかったからそう怖い目で睨むものじゃない。怖
がりなんだ」
「…性質の悪い冗談だな。それで? もう隊長には会ったのか?」
重い重い溜め息を吐いてベルナルドは机から身体を起こし髪に指を入れて梳いた。
「あー…、隊長、な。まだ見つかんない。自堕落な人じゃないから房で寝てないってだけはわかるんだけどさ。目立つ人だから簡単に見つかると思ってたんだけど」
―――…目立つ? って事はルキーノか?
「なぁクリス、お前の隊長って…」
「ベルではない」
最後まで言うよりも早く、クリスから返って来た台詞はそれだけだった。
「俺の隊長はもっと常識的」
眉を寄せて力説するクリスの横で、傷付いたような表情を向けるベルナルド。
基本的力関係はどうやら立場が変わっても変わっていないらしい。
「―――失礼だな、俺だって常識的だよ、クリス。…とは言え俺もクリスを部下にしたいとは思わないけどね」
「俺だって、ベルを隊長なんて呼びたくないさ」
クリスは誰にも遣われないと何故か盲目的に信じていた。何故だかはわからないけど、心の中で強く、強く。
「呼んでないだろう、クリス」
「―――…まぁ、呼んでないけど」
だからだろうか。なんとなくモヤモヤする。
「…ジャン、どうした? 何、そんなに俺の隊長が知りたいのか?」
見当違いな事を聞くクリスも綺麗で、長めの前髪が首を傾げたせいで揺れた。
「―――クリス、」
「あぁ。どうした、ジャン」
真っ直ぐに紅い目が俺だけを紅玉に映す。それだけの事でこんなにも性的興奮(要はものすっごくクリスに見られただけで気持ち良い。勃起しそう)を得られるなんて、やっぱりクリスはおかしい。
「アンタの飼い主は誰?」
狡い、なんて。
そんな馬鹿げた感情が溢れる。
「アンタの首に首輪を嵌めて鎖を付けたのは―――…」
目に見えない首輪が恨めしくて、CR:5と証が入った首を指でなぞる。誰もこの首に拘束具なんて着けられないと思っていた。
「…首輪って。1番最初に俺に首輪をつけたのはカヴァッリの爺様だぞ?」
「今は違うんだろ?」
「―――…まぁ、今は、一応隊長…になるのかもしれないけど」
「なら、」
すっかり此処が何処かなんて忘れていた。
頭の中がぐしゃぐしゃして、何を考えているのか、俺が今何をしているのか、そんなことも全部わからなかった。
だから。
「…おい、ジャン。お前何してるんだ?」
「―――…おいおい、クリスまでこっちに来ちまったのかよ…。ったく、仕方ねェな」
「クリス…?」
いつの間にかCR:5の幹部連中がそこに集まっていたのなんて気付かなかった。
<<<