悠久の丘で
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ほぐれた糸

 死にそうな奴なんて知るか。勝手に死んでればいいじゃねェか。
 だけど手が出たのはきっと、珍しいものを見たからだ。

 だって仕方がないじゃろう。
 あんな所であんな風に強い瞳を持った奴が死ぬのなんて見れたものじゃなかったんだから。
 文句ならアイツか助けた奴に言ってやれ。


  *


「お前が…」
 気付いたら勝手に口が動いていた。親に捨てられた事も無い俺がそんな事を言うなんて、親を殺された事も無い俺が言うなんておこがましいと脳では理解しているのに。
「お前が生きてるのはその親父殿の願いだろうよ」
 目に見えるのは養父の願いという名の鎖に絡まった小さな少年。心の底から生きていることを悔いた眼を持つ彼は、弾かれたように顔を上げて…俯いた。
「…ンな事言ったって俺は親に捨てられた事も親を殺された事もねェから言うだけ、だけどよ」
 それでも実の親に5年前に捨てられたと言うわりにクリスは擦れていない。養父がよほど愛情を注いだのか。
 俺にはどれだけ愛情を注いで育てればこんな子が育つのか、見当も付かない。
「…それでも、俺は置いていかれた事が悔しかったんです」
 悔しさの滲み出る声。

 慕っていた養父の死ぬ間際を見たのだろうか。何も出来ない自分を悔やんで、そして小さな身で自分自身を恨んだのだろうか。

「親父は俺が殺したのも同然なんです」
 水路に落ちる視線は、その先が何を向いているのかわからない。その表情も読めない。
「親父が殺されたのは、俺に人の乗っていた船を見せようとしてくれたから。…親父は、人寂しくないようにって遠巻きにでも俺に人を見せてくれようとしたから、殺された」
 親父に襲う気なんてこれっぽっちもなかったのに ぽとりと落ちた涙の粒は重そうだった。
「親父が襲う気ならあの程度の大きさの船なんてすぐに沈むのに、親父は悪戯に人狩りなんてしないのに」
 ぎりっと血が出るくらい唇をかみ締める。
 俺にはなんて声を掛けていいのか見当も付かなかった。
 クリスを女々しいと罵れと言うのなら自分も同じ目にあってみろ、と怒鳴る。小さな子供が親に捨てられ、慕っていた養父を殺された状態で「死にたい」ということを絶対止められるなんていう理屈は俺の知っている限りこの世には存在しない。

 だが、と水路に視線を投じた。
 青い空を映して青く染まる水の中にそれよりも濃い、青。

「それでも」
 クリスが顔を上げた。
「それでも、お前に恨まれてでもお前の養父はクリスに生きてて欲しかったんだろう」
 そしてこいつらも。
 クリスが眠り続けている間動こうともしなかった水中の青。

 それが望んでいたであろう事は、たとえ言葉が通じなくても分かる。
 3日間移動もしようとしなかったこいつ等が何を心配していたのかなんて、岬にいたあいつ等が何を守ってあそこを動かなかったのかなんて、そんな事。

 火をつけた煙草は大した味なんかしなかった。
 いつも大した味なんかしていなかったが今日はもっと味気なかった。

 ちっと舌打ちをしてその火をもみ消して、水路に捨てようとして思いとどまった。仮にも今水路にいるのは海王類だった。…クリスの。
 ヤガラブルより大きくて、キングブルよりは小さかったから忘れていた。
「…っと」
 クリスを見れば俯いていた。
「…くそ、言い過ぎたか…?」
 近くに小さい子どもなんかいないから力加減が分からない。
 確かに今まで俺が言ってきた事は身勝手だったし、子どもに聞かせるには随分な道理だったかもしれない、とクリスに背を向けてらしくもなく反省していたときだった。

「…パウリーさん」

 後ろから声がかかって肩が揺れる。
「…なんだ」
 反省するくらい自分に非があるのも分かっているから、振り返るのがいやになる。
 後になってそれを知るくらいなら最初から言わなければ良かったのだけど、もう口から出てしまったものは戻せない。しかも、気付いたのも今だ。
「本当に」
「…はァ?」

 だけど、クリスは別にそれについて攻めるつもりは毛頭ないらしかった。


「本当にそう、思います?」


 俯かせていた顔を上げて、やたらと真剣そうな表情で聞く。あまりにも真剣そうだったから、俺はそれがいったい何のことを示すのかわからなかった。
「親父のこと」
 それでとりあえず何の事だか分かる。

 だが、何故聞く?
 寧ろ俺に何を聞いている?

「…本当に親父は俺を生かしたかったんでしょうか。本当は…俺が人間だから厄介になったとか…そのせいで親父は」
「それはありえねェ!」
 クリスの言葉を遮った。だってそんな事はある訳なくて、そんな悪い妄執みたいな事。
「それは絶対に、ありえない」
 さっきまであんなに振り返るのが怖かったのに、今回はすんなり振り返れた。いますぐそうしなければならない理由があったからか、俺がバカだからか。
 俺の声に驚いたのか呆けた顔で見上げてくるクリスの頭を撫でてやる。
 撫でる、というよりは掻き混ぜるに近かったが、それでも何がしたいのかはわかってくれただろうか。本来は不安定なはずなのにすっかり慣れてしまったからかヤガラボートの上で膝をつく。

「お前知ってるか?」

 散々迷った挙句、結局はクリスを抱きしめた。
「…何が」
「親が子どもを育てようとするのは別に本能じゃねェ。生れ落ちた時点で発生する義務を放棄する親だっている」
 クリスを捨てた実親のように。
「血が繋がってない子どもを育てるのは豪い大変なんだって、自分と血の繋がった子どもだって育てんのは大変なのに」
 腕の中のクリスは細くて、肩にかけた上着の肩の位置は当然ながらあっていなかった。
「しかも、お前の養父は海王類だったんだろ?」
 小さくうなずいたクリスを確認してあやすように背をリズムをつけて叩いてやると、何かを必死に堪えていたクリスの肩が初めて、揺れた。
「種族は違うし、食うものだって違う。大きさだって、肺呼吸とかえら呼吸とか、あ−…」

 海王類と人間の事なう点なんてあげればきりが無い。
 それでなくたって捨てられて5年間、こんなに成長した人間を見るのは初めてだ。
 言いたい事は頭の中で言葉にはならず綺麗にまとまっている。それを口に出すために言葉にするという作業が一番難しかった。
 そんなくだらない妄想なんて、本当に本当に本当な訳ないんだから、と言ってやるために、すべてを道順立ててどんな陳腐な言葉だってコイツが愛されているのだと理解できるように。

「あげればきりがないくらいの問題点を無視して、お前の養父は5年間も育て続けてくれたんだろ?」
 それで、十分じゃねェのか。捨てられたなんて、そんなバカな考え、捨てられるくらいの時間じゃないのか。
 言いながら医者を恨んだ。
 アイツはこうなることを最初から知っていたはずだ、あの気になる言葉を残して行ったくらいなんだから。
 …これはもう、昼飯奢らすくらいしないと俺の気がすまない。
「…だから、馬鹿なこと言うな。厄介払いなんてそんな馬鹿なこと、2度と」
 何が「だから」なのかもよくわかっていない。
 しかも、それまでの生活を見てきたわけじゃないのに俺ごときが何言ってるんだ、何様だコノヤロウ。

 だけれどもそんな何も知らない俺なんかがそこまでいえるほど、海王類たちはコイツに愛情を注いでることくらい丸わかりで、おそらく知らないのはコイツだけで。

「…あーくそ、上手く言えん」
 苦々しく呟いたらクリスが顔をうつむかせたまま肩を叩いた。
「…ん?」
 その叩き方がなぜか「分かってますよ」とか言われているみたいに感じて、実際にそういわれた訳でもないのに安心する。
 一定のリズムで上下していたクリスの肩は、その間隔がだんだんと広くなっていく。
 細い肩も、細い腕も、全部を震わせて恐らくは感情を吐き出して。


 そうやっているクリスに俺が唯一してやれることは、そのまま人目から遠ざけて抱きしめてやることだけだった。


  *


「…あー」
 それから何分かして。
 オレだけの感覚から言うともう何時間でもこうしているようだけれども時計の上では公平に数分。
「すっきりした…かもしれない」
 すっかりクリスは復活した。
「もう大丈夫か?」
 それまで抱きしめてやっていたなんて、真昼間にしかも誰に見られてもおかしくない水路で、なんて、オレは記憶からなくしたくてしょうがなかったが、それでもクリスが復活したなら別に良いか、と思った。
 俺が恥ずかしくて居た堪れないくらい、それくらい。
「えェ、ありがとうございました」
 クリスは綺麗に笑った。恐らくは、会って見た中で一番綺麗な笑顔。
「…ァ、いや、礼なんか言われるような事してねェから」

 俺がしたのはただ何も事情を知らない子どもに大人の事情を押し付けただけだ。

「それでも、俺が礼を言いたかったので受け取って貰わないと」
 そういって、クリスは笑った。初めてあった時よりも、さきほど自分の都合を押し付けた時よりも、そのクリスは親しみを込めている…気がするのは気のせいだろうか。
「ありがとうございます、パウリーさん。俺は貴方がいなかったらきっとあのままずっと…」
 あのままずっと、養父との関係を誤解して、ずっと重石を背負っていくつもりだった。
 クリスは口には出さずに瞳だけでモノを言った。

「だから、ありがとうございます」

 そう、礼を言われたって恥ずかしいものは恥ずかしくて。
 ちらっと余計な事を差し出がましくしたかもしれない、と思っているからそれはさらに気まずくて。
 口に出されるのは恥ずかしかった。
「俺、運良いですよ」
「…は?」
 急に言われて何のことだか良く分からなくて、そしてクリスの笑みを見る。


「だって、この街に来て1番最初に会った人がこんなに親切なんて、運、良いでしょう?」


 そう言い切ったクリスは、どう考えても10歳には見えなかった。

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