悠久の丘で
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望むもの1つ
死にそうな奴なんて知るか。勝手に死んでればいいじゃねェか。
だけど手が出たのはきっと、珍しいものを見たからだ。
だって仕方がないじゃろう。
あんな所であんな風に強い瞳を持った奴が死ぬのなんて見れたものじゃなかったんだから。
文句ならアイツか助けた奴に言ってやれ。
*
医者のもとに連れてきてもう3日。子供はまだ眠り続けている。
「おい、パウリー」
ん? と顔を上げた。医者に室内で煙草を呑むなと文句を言われたから日当たりのいい通路で。目の前には相棒のブル。そして水路に群れを成す海王類。
海王類がブルを襲う事はないが、それでもヤガラブルより体が大きいそれは水路を渡るブルを多少、おびえさせている。だがいっこうに病院の前から離れる気配は無い。
彼らの主でも待っているかのように、大人しく、動かない。
「子供、起きたか?」
違う、と首を左右に振られた。多少の期待も混じっていただけにその答えは凹んだが、それでも医者に顔は向ける。
「ならどうした」
「もう、仕事を休んで3日だろう」
「…アイスバーグさんには許可を取ってある」
拾ってしまった手前、ここを離れるのには居心地が悪く、…そして心配だ。
「造り途中の舟があるんじゃないのか?」
「職長の1人や2人、抜けたところで大して変わるもんでもない」
それに、新人が使えるんだ。
自分が会社に戻らなくても良い理由をつらつらと上げる。
たかが3日前にここに運んだばかりなのに、離れられないくらいに不安だ。
それ以前には全く知らなかった餓鬼だって、3日看病で付きっ切りになれば情も抱く。
「早く目ェ覚ませよ」
吐き出した煙は青い空に白くて。
「じゃないと心配してるだろ」
水にじっと動かない海王類はもっと青い。
「早く…」
早く。声でも聞かせてやれ。
岬には通常海で見られる、巨体の海王類がやはりソコを動こうとはしない。カクに頼んで結局は査定して貰ったのだが、船に立ったカクには興味すら示さなかったと言う。
あいつらも、ここにまで来たこいつらも、あの子供を待っている。
あの、珍しいくらいに芯まで黒い――言うなら夜の空のような――色合いの男にしては長い髪。俺は抱き上げてここに連れてくるまでしか触れてなかったから男か女か分からないが、あの年頃ならそれこそ裸にしないとどっちかなんてわからないだろう。
でも、すごく綺麗に整った顔立ち。目を閉じている時でさえ綺麗な人形のような表情だったのだから、目を開いたらもっと綺麗だろう。そして、そのときは人形になんて見えないんだろう、と思う。
葉巻の煙草が短くなる。
病院の中で、声が上がったのは、もう少しで煙草が1本終わる時だった。
ドアにひょっこり現れた医者の顔がニヤニヤしている。
「…なんだよ」
「あの子供な、目が覚めた様だぞ」
ガラにもなく、水路へ堕ちそうになった。
*
ベッドの上には確かに子供。そしてそれが身を起こしてるのだから、意識が戻った事に何の疑いを抱けようか。
「…本当に、起きてやがる…」
ほっとしてそう呟くが、その声のせいで相手に見つかったらしい。急に布団の中にもぐられた。
何か、俺のガラが悪いからか? 少なからずショックを受けていたが医者の言葉に文句をつける。
「それこそうっせェよ」
ガラ悪いのなんて知ってんだよ、何回子供に泣かれてると思ってるんだ、畜生。
言い返したらさらに糾弾された。
「借金男」
それには流石にムカッとくる。
確かになァ、借金はあるかもしれねェけどよ。人格には関係ないだろ。
「そのうち返す。今は金がない…」
小さな笑い声のようなものが鼓膜を優しく叩いて顔を上げれば、子供が笑っていた。布団に隠されたはずの顔も、笑うせいで現れて歳相応の笑顔が見える。それに見とれてたらうっかり灰を床に落としかけた。
「…てェ、んなこと言ってる時じゃねェか」
子供が此方を向いた。
真っ直ぐな視線が刺さって、多少なりとも痛い。
「…此処はウォーターセブン」
真っ直ぐな視線は紅だ。大きな瞳は想像よりも綺麗で、黒髪にあっていた。アレは間違いなくルビーの色だ。
そのルビーの意志の強さに飲まれそうになって咳払いをする。
「ここは病院で…お前が岩場の岬にいるのを見つけて此処へ連れてきたのが俺だ。怪我のほうはコイツが…」
ぽん、とオヤジの肩を叩く。飲まれそうになって怖くなって、人を巻き込んだ。このままでは何かとんでもないことを口走りそうだ。
…例えば、借金の金額とか。
「…ありがとう」
「礼を言われるほどではないじゃろ、普通の事だ」
「でも…ありがとう」
遠い目をする。だが、窓の外に目をやったらしい時、ふと目元が和んだのを見てしまって、頬に血液が集まるのが分かった。出来るだけ視線を合わさないように、気持ち外に視線をやる。
「俺はパウリーだ。ガレーラで…船会社で働いてる船大工だ」
ガレーラ、と言ったときの反応が薄くて一応丁寧に説明すると、かすかに頷いた。
でも、視線は遠い。
遠くて―――…、悲しくて、そして。
「俺はクリス。つい先日…海賊に親を、斬られて…」
目が、鋭くなった。だが、ふと力が抜けて目を伏せた。
「そんで島に流れ着いた…んだと思う」
何かをいっぺんに飲み込んだ。飲み込んで、見かけ上は笑った。
微笑んでこの話を終わらせようとした。
「お医者様…だって言いましたね。俺はもう完治してますか」
「…はァ? 何を馬鹿言ってるんだ。まだ治ってないに決まってるだろう。短く見積もって全治…3週間って所だな。正直言えば多めに見積もって2ヶ月は安静にしているべきだ」
「…3週間…?」
「あぁ、代金はパウリーにせしめるから良いが、お前は絶対安静じゃよ、クリス」
「…3週間」
小さく、繰り返すように呟く。うつろう様な目が、此方を映す。
だが、コクリと小さく喉を鳴らすと勤めて冷静な風で此方を見上げた。
「…パウリー…さん? 俺が倒れていた所を助けてくれたんですよね」
「…あ、あぁ、一応」
「まだその場所に、彼らはいますか?」
彼ら、と、誰を指しているのか本能で分かった。外にいる、こいつの…クリスを心配していた海王類のことだろう。
「…海王類のことか」
「はい。…親の、友人なんです。俺がこの怪我を負ったとき、父の…遺言で、俺は彼らに助けてもらいました」
あぁ、何でだろうな。お前の目を見ていれば分かる。
「彼らにまだもう少しかかると、伝えに言っても良いですか? きっと…動かないつもりでしょうから」
伏せ目がちで言うと、医者が腕組をする。
「…あ、あの…駄目ですか…?」
だが視線は此方を向いている。医者からの視線も絡む。
「…っだァ!! 何で俺を見るんだよ!」
「んー? なんとなく」
うわァ、うぜェ。
「…そうじゃな、パウリーと一緒なら…許可しよう。仮にも職長だ、怪我なく連れて帰ってこれるだろう?」
「なんで俺が…!」
「仕事が忙しいとでも言うつもりか? さっき自分で言っただろう、アイスバーグさんからの許可は得ているって」
「…っぐ」
「クリス、コイツな」
医者はニヤニヤ笑いながらクリスに近寄りその頭を撫でた。
「ちょ…」
「お前さんが起きなくて心配するあまり仕事もサボるような奴でね」
クリスの瞳が大きく見開かれて、そして不思議そうな視線をやられた。いぶかしむ…とは少し違う。疑う…でもない。ただ、純粋に不思議そうな。
「それにコイツと一緒なら…ァ、借金取りには追いかけられるかもしれないが街の中で何に会うこともないだろう」
用心棒にはうってつけだと思うがね。
医者はそういうと手を頭の上でふり、踵を返した。
「どこ行くんだよ…!?」
「飯、食いに行って来るだけだ。あとは頼んだぞ、パウリー」
ケラケラと笑って手を振って、後ろでブルの鳴き声がした。
脇を通り過ぎる時にぼそりと呟かれた。
「金はいい、あの子には多分オレじゃァ治せない傷があるからな」
「…は?」
「ま、拾ってきたんだから最後まで面倒でも見てやれ。じゃーな」
「おい…ッ」
呼び声虚しく、医者は出ていってしまった。クリスとここに2人きり。
「…えっとォ」
仕方なしに相手が身を委ねているベッドまで歩いて、自分の上着を肩にかけてやった。
「岬、いくか?」
「はいッ」
2人きりという環境に耐えられなくて顔が赤いまま他所を向いてぶっきらぼうに声を掛けると、クリスは嬉しそうに頷いた。
*
とりあえず怪我人の肩に俺の上着をかけてその上に病院から拝借した毛布をかけて水路に出る。
水路にいた海王類たちは、途端に騒ぎ始めた。どれも首を伸ばして触れようとするからクリスは水路に落ちそうになって笑いながら慌てていた。
「…わぁッ、ちょ…やめて、わかってるから」
「…落ちたら水流が結構早いからな」
「はい、大丈夫です」
「そか」
そんな会話らしくもない会話を交わして俺はブルの前に立った。慣れ親しんだソイツは俺の顔を見上げ、鳴く。
「にー」
「いいかァ、今日もまた岬に行くからな」
撫でてやって、付けっぱなしの手綱を引いた。
いったい誰が見つけてきたのか、水の都にこれほどまでに便利な生き物もそう、いないだろう。
性格は温和で、力もある。大好物は水水肉。
「クリス」
声をかけるとなんと言うか…まァ、手っ取り早く襲われていた。
相当好かれているのか海王類はそれまでの寂しさを埋めるように頭を胸に押し付け、クリスもそれを甘じんで受ける。
「もう、いけますか?」
「あァ、俺は」
何故だかあまり会話が長続きしない。
いや、原因は100%俺だろうけど。
別に女じゃないし、露出が高いわけでもない。別に男に露出が多いだのどうこう言う気は全くないが。
「良い? 大きいののところに行こう、一応…歩けるようになったからね」
頭を撫でてゆっくり言う。
「まだ少しかかるみたいだけど、言いに行かなくちゃ」
此方を向いたので一応手を差し出してみた。きっと乗りなれていないのなら最初は怖いだろうから。
その手に触れられると軽く引き、乗せる。思った以上に軽くて、強く引きすぎたせいでよろけたので腰に手を置いて支えた。
「…ッ、大丈夫か」
「あぁ…、ありがとうございます。おかげさまで」
ふわり、と微笑む。慣れ親しんだ海王類に触れたからか、幾分か余裕が出てきたように見える。
だが、腕も腰も細かった。
確か医者の話ではクリスは男だったはずなのに。
「…お前…、男、だよな」
「へ…? あ、あぁそうですけど…」
細くて、小さい。髪は長くて、瞳は大きくて顔立ちは綺麗に整っている。
「随分細いな…、ちゃんと食ってるのか?」
「あはは…」
ぺたり、と腹部に触れたらクリスは苦笑した。
「でもほら、多分俺の年齢ならこれくらいかな…って」
「年齢? いくつだ」
いつまでも立ってるわけにはいかず、クリスを座らせてから自分も座る。
だが、次に聞こえた衝撃の告白に水路に落ちるかと思った。
「10歳ですよ」
「はァっ!!?」
驚愕に目を見開くとクリスは傷ついたような目をした。
「…うっわァ、酷いですね…。俺だって凹みますよ? そんなこと言われちゃァ」
「…ちょっと待て」
すぅ、と息を吸い込む。吸い込んで頭が痛くなるくらい空気を吸い込んだ後、もう一度クリスを見た。
「…10歳?」
「えぇ、正真正銘の10歳です。」
にっこりと笑う。ぜんぜん子供らしくない。
「…10歳…」
もう1度声に出して言うと、尚驚愕感を味わう。10歳ならば、背は高いほうだろうか。
俺も平均くらいは身長があるから、大体150くらい。
10歳でこの身長ならきっと平均以上ではある。
「10歳にしては随分落ち着いてるんだな…」
「俺、落ち着いてますか? まァ…小さいころ捨てられましたしね」
「…捨て」
「られたんですよ、俺。海賊船にそれまでいたと思うんですけど、実の親に、海に放り込まれたんです」
淡々と言葉を続けて、笑う。
「それが5歳のときで、その後は養父、ですか。もっとも俺は実父と実母の顔なんて知りませんけど」
懐かしそうに目が細まった。
「でも親父も殺されたから…俺、どうして生きてるんでしょうね」
死にたかったのに、と音には出さず唇だけがつむぐ。
「俺は、親父が生きろなんて酷な事を言わなかったら、一緒に死んでたんです」
そう言った瞳はとても欲を映していて、だけれどもその養父の願いという名の鎖に絡まっていた。
心の底から、生きていることを悔いた眼だった。
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