悠久の丘で
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守られた命

 死にそうな奴なんて知るか。勝手に死んでればいいじゃねェか。
 だけど手が出たのはきっと、珍しいものを見たからだ。

 だって仕方がないじゃろう。
 あんな所であんな風に強い瞳を持った奴が死ぬのなんて見れたものじゃなかったんだから。
 文句ならアイツか助けた奴に言ってやれ。


  *


 海が巨体を呑む。体が波に血に覆われた。
「親父ィ―――――ッ!!」
 体と同じで大きな目が此方を映す。死ぬ間際だってのに優しい。夥しい量の血を海に巻きながら彼の体が飲まれる。
「…嫌だ」
 ガチガチと合わない歯の根が音を立てる。近くにいた海王類に服の襟を優しく噛まれる。そして引きずられた。
「やだ…ッ! 親父ィ!! 連れてかないで…ッ」
 だけれども海で彼らに勝てるわけもない。体の脇をすごいスピードで水が流れていく。

 それが、俺が親父を見た最後だった。
  大好きな大好きな、俺を拾って育ててくれた親父。


  *


「…ったくよ」
 ぶちぶちと文句を言う。
「なんで俺が…」
 アイツが行けば良いじゃねェか、船の査定。だがどうやら用事とやらがあるようで、手暇だったのは俺だけ。
 仕方無しに岩場の岬までブルを走らせる。
「…あー」
 タバコの火が消えそうで手を風除けにした。
「つかいつ来ても殺風景…じゃ、ねェ」
 そこで俺は目当ての船よりも先に、奇怪なものを見つけた。
「ありゃァ…海王類?」
 巨体な海王類。目が悪いわけでも夢を見ているわけでもない。
 まぎれもない海王類。
 だけれども陸に顔を出している。顔を出して何かを取り囲んでいるような…
「何やってるんだ、あいつら」
 海王類の生態に詳しいわけではないが、なぜ陸に? しかも取り囲まれている何かは倒れているようだった。
 いやな予感がしたから走る。走って海王類の真ん中にいる奴に走りよる。
 そして、そいつの濡れた体を抱き上げて言葉を失った。
「…てめェその怪我…」
 岩場は水浸し。紅い水で沁みて色が黒っぽく変色している。
「めんどうくさいとか、言ってられねェってか」
 海王類が気付いて、唸りを上げている。
 この怪我は海王類の仕業じゃない。明らかな刃物の傷。
 それに海王類はこの短い間見ている限りではコイツに何もしていない。ただ取り囲んでいるだけだ。

 そして、信じられない事にこいつらの目は優しい。心配しているようにすら見える。

「おい、大丈夫か」
 抱いた肩は細い。まだ10歳とか…そのくらいだろう。小さい体なのに背に引き裂かれたような大きな刀傷。血は海水のせいかまだ乾いてはおらず、それどころか止血だってしていない。
 コレは、生きるか死ぬかって所だ。
 返事がない。鼻先に手を置けば呼吸はしている。だが一刻も早く医者に見せるべきだろう。
「いいか」
 海王類のコイツを見る目は優しいが、俺を見る目は殺しそうな勢いだ。だがそんなことにビビッてコイツを放置しておけばいずれ死ぬだろう。
「こいつには休養が必要だ、医者に見せる」
 言葉を理解するとは思えない。だがそう口に出して背の傷を広げないように抱く。
 早いトコ医者に見せないとやばい事は抱いたときによく分かった。体重なんてものがほとんど感じられない。体は冷たい。

 そして…、あまり呼吸をしていない。

「ブルッ!」
 長年連れ添っていれば声をかけただけで寄ってくる。それが今ほど嬉しかった事はない。俺の体温すらもどんどんうばっていくのに暖かくならない。乗り込んでブルにつながれた細い手綱を握る。
「良いか、急げ」
「にいー」
 水を滑り出すと、海王類が追ってきた。だがあくまで体の小さい奴らだけで、大きい奴は町に入れない事を知っているのかそこにいるまま。

 自分の後ろにいるのは紛れもない人間。魚人でもない。

 だが海王類は追う。攻撃する気はなさそうだから、あいつらにしたところで敵ではないんだろう。
「海王類が人間を助けた? そんなバカな」
 バカな事だって、知ってる。だけどそんなバカな考えが拭いきれない。


  *


 夢を見ていた、懐かしい夢。

 俺が本当の親に捨てられ、海に飲まれていたときの事。

 ゆうゆうと泳ぐ巨大な海蛇がやってきて、俺の服を咥えた。そして彼の背に乗せられた。
 俺の…親父。
 大好きな、海王類の、近辺の海の王だった、親父。
 5歳だった、海に捨てられた俺を拾ってくれた、親父。

 親父に、会いたい。


「…っは」
 急に意識が戻った。目を開ければ見慣れない天井。
 耐え難い恐怖に駆られて体を動かしたら、体が千切れそうなくらいの痛みを感じた。低い呻き声を噛殺しつつ一見しただけでは清潔に見えるベッドへ倒れこむと体の怪我に響いたらしい。今度は呻き声が噛殺せなかった。

 大体此処は何処だ

 確か俺は親父が…
 拳を握ると、切っていなかったため伸びた爪が掌に食い込んだ。その時を思い出すと今でも殺したくなってくる。良いんだ、俺が野垂れ死んだって、親父は死んだ。
 俺が生きてる理由だって、もう、ない。

「…おー?」
 がちゃり、とドアが開いて白衣に身を包んだ背が大して高くない男が顔を覗かせる。手に持っている銀の盥は枕元においてあるコレと同じだろうか。
「誰…ッ」
 声がかすれる。ガラガラして、声を出すと咽喉が痛い。
「おーい、パウリー。意識が戻ったぞ」
 だがこちらの質問は聞こえなかったのか無視されたのか、医者らしいその男はドアの向こうに向かって声をかけた。

 意識が戻った、ということは自分の事だろうか。

「あぁ? 戻った?」
「ほれ」
 医者の言葉とともに見知らぬ人物の顔がひょっこり生える。どこか落ち着いた金の髪に、目が覚めるような青の服。
 つか、誰だアレ
「あぁ――っ! ようやく起きやがったか」
「これ、うるさい」
 大声を出されれば条件反射のように身を縮める。
「怖がってるだろうが、ただでさえガラが悪いんだから」
「それこそうっせェよ」
「借金男」
「そのうち返す。今は金がない…てェ、んなこと言ってる時じゃねェか」
 ようやく男がこちらを見た。布団に顔半分以上かくして相手を見ると、相手は不器用そうにニッと笑った。
「ここはウォーターセブン。お前は岩の岬に海王類に取り囲まれるようにして岩場にいた。背中の怪我はこいつが…」
 そう言って隣にいる医者の肩を叩く。
「一応縫合はしたらしい」
「…あり、がとう」
「礼を、言われるほどじゃないだろ。医者なんだから」
「でも…ありがとう」
 医者のほうを向いて頭を下げると、手をペラペラと振られた。
「ンで、俺はパウリー」
 パウリー、と口の中で復唱する。久しぶりに人の名前なんて口に出した。
「俺はァ、ここのガレーラカンパニーで働いてる。ガレーラは?」
 おそらく知っているか、という問いだろうから首を左右に振った。
「造船会社だ。ここの市長でも、海列車の保有者でもあるアイスバーグさんの会社で、そこで船大工をやってる」
「船大工…」
 船なんて、5年間、1度たりとも乗ってないから、すでに頭の中には幼稚園児が書いたようないびつな船しか思い浮かばない。
 だが、長く人に接していないとはいえこの次にすべきことは知っていた。
「俺はクリス。つい先日…海賊に親を、斬られて…」

 思い出すたびに殺したくなる。
 親父の優しい目を思い出すたびに泣きつきたくなる。

「そんで島に流れ着いた…んだと思う」
 おそらくは海王類が運んでくれたのだろう、すこしでも人がいるところにと。背を焼き尽くすような痛みが襲ったところ、親父が波に飲まれていくところ、海王類が俺の襟首をつかんで泳ぎだしたところまでは覚えている。

 生きてる意味なんてないのに。
 親父が拾ってくれなければ、5年も前に俺は死んでいたから。
 だからこの命は親父のものだったのに。


 もう、生きてたって意味がないんだ。

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