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※高尾高2



 他のやつらよりちょっとばかし広い視野を持つオレの目が最近、やたらとピンク色を見つけるようになった。

「よ、桃井」
「うわっ!」

 東京ん中でも敷地がかなりでかい部類に入るスポーツ用品専門店の、小道具なんかが置いてあるコーナーで桐皇学園のマネージャー、桃井を発見して、声をかけた。背後から肩を叩くと、桃井は意表を突かれたらしくかなりの大声で悲鳴をあげる。振り返った桃井は「なんだ、高尾くんかあ。びっくりした」と露骨にほっとしたような顔になった。

「おいおいなんだよその反応ー。オレおばけじゃねーんだけど?」
「うう。だって急に声かけられたらびっくりするよ。こっちは高尾くんがいるなんて想像もしてないんだからね!」

 そう言ってむくれる桃井は右腕にカゴを提げていて、中にはテーピングやらコールドスプレーやら、諸々がぶっ込まれていた。部活の備品の買い出しかね、日曜なのにごくろーさま、なんて見当をつけながらオレは頭の後ろで手を組む。

「お前一人? 青峰は?」
「寝てる。休みの日くらい叩き起こすんじゃねーよー、だって。そういう高尾くんこそ、ミドリンと一緒じゃないの珍しいね?」
「いや別にオレらいつも一緒にいるわけじゃねーし」

 誰にも彼にもセット扱いされて大変なんだぜー、と外国人みたいに肩をすくめてみせてから、桃井のカゴをひょいと取ってやった。「そんなのいいよ!」なんてうろたえる桃井の言葉は口笛吹いて聞き流す。そうしてっと桃井も諦めたらしく、おとなしくなって買い物の続きに戻った。

「高尾くんはなに買いに来たの?」
「んー、特に目的はねえよ。ちょいとぶらぶらしてみっか、みたいな?」
「そっか。ほしいものがあるなら手伝ってあげるよー、データで」
「うひょー、さっすがあ」

 オレが大袈裟に囃し立ててみせると、あはは、と桃井は笑った。つやつやした髪の毛の上に照明が落ちて、ピンクがまぶしい。今日の桃井は白いニットのワンピースを着てるもんだから、その髪の色が余計にはっきりと光って見えた。

「最近ミドリンはどう?」

 桃井に話しかけられて、慌ててオレはピンクから目をそらした。ジーンズに両手を突っ込んで、見とれていたことをごまかす。

「変わんねーよ。絶好調に人事尽くしちゃってるぜ」
「そっか。もうすぐウィンターカップだもんね」
「今年はうちが優勝もらうかんな」
「えー、桐皇だよ」

 他愛ない会話、ってやつを交えながらも桃井はてきぱき商品を手に取ってはカゴに放ってを繰り返している。今年のインターハイで秀徳と桐皇がぶつかったせいもあって、オレたちの間にもまあ浅くはねえ因縁があるわけだ。

「じゃあ、私ももっと頑張んないとだね」

 大ちゃんのお尻叩いて、となんか怖えこと言いながらも桃井は笑顔だった。その、笑顔が今オレの目の前にあることに、すっげえ違和感と、少しの、でも確かな優越感を覚える。だってずっと、この笑顔はオレの届かないところにあったんだ。

「オレさー、月バスとかよく読むわけよ」

 隣の商品棚に引っかかってるボールクリーナーを適当に取って、それに目を落としながらオレは言った。桃井がオレを見上げたのが、横目で確認できる。

「んで、そこに載ってるわけじゃん? 帝光が」

 天才、キセキの世代。やつらのことが一人一人大々的に取り上げられていて、ムカつくけどかっこよかったし、憧れないわけじゃなかった。スタッツも圧倒的で、こんなんがオレと同い年かよ、ってびびって悔しくてわくわくした、中学の時のオレ。

「『最強を支える美人マネージャー!』なんつー記事もあるわけですよ」

 キセキの記事より貪り読んだかもなある意味、って冗談っぽく挟んでみたけど、桃井はきょとんとしたままだった。なんでオレが急にこんな話をし始めたのか分かんねえ、って顔にもろ書いてある。
 雑誌で読んだ。一度だけ帝光と戦った時、ベンチにいるのを見かけた。オレと桃井の繋がりなんてたったそれだけで、しかもオレの一方的な矢印でしかなかったのに、今この瞬間、桃井はオレの隣にいる。
 なんかそれって、笑えるだろ? ざまあみろって、誰にでもねえけど叫びたくなる。

「オレずっと、桃井のこと見てたんだぜ?」

 おりゃ、と意を決して桃井の方へ視線を向けてみたけど、桃井はまだオレの告白を理解していないみたいだった。首をかしげてやがる、鈍すぎだっての。

「知ってた、じゃなくて?」

 上目遣いで、桃井がオレに問いかける。おう、とオレはうなずいた。

「『知ってた』じゃなくて、『見てた』」

 桃井の眼球に、ちっちゃいオレの姿が微妙に歪んで映っているのが分かる。データを集めてもらえる程度には注目されていて、メル友で、それだけで満足してりゃいいのにもっともっとって願っちまうのは別にオレが特別強欲ってわけじゃなくて、ちょーっと気になるオンナノコがいる男なら誰でも自然なことだろ、たぶん。
「ちっちゃく」じゃなくて「でっかく」映るには、とりあえずあいつを倒さなきゃいけねえわけだけど。ほんっと、ホークアイって見つけたくねえものまで見つけちまうからバスケ以外だとたまに厄介だよな……って、それはホークアイ関係ねーか。

「なあ桃井」

 ボールクリーナーをフックに戻して、桃井と向き合った。ここまで来ちまったら、もうごまかしなんて必要ない。

「オレのあだ名、考えとけよ。『ミドリン』みたいな、かわいーやつ」

 そんでさ、とオレは桃井の耳元に唇を寄せた。

「黒子に勝ったら、教えてくれ」

 腰を伸ばして、桃井と目を合わせる。オレはにっこり笑ってみせたけど、桃井は未だ、きょとんだ。

「テツくん? うちじゃなくて?」
「そ、黒子。オレとあいつって同種のプレイヤーだろ? ライバル意識とかあったりしちゃうわけよ」

 って、これは半分本当で半分うそだ。黒子をぶっ倒してえのは、同種のプレイヤーだから、ってだけの理由じゃない。でも今そんなこと言ったってしょうがねえもんな、桃井は黒子ラブなんだから。
 ぴっと立てた小指を、桃井のそれに一瞬、絡ませてやった。

「約束だかんな」

 帝光のやつらにばっかり、勝たせてたまるかってんだよ。なあ。
 桃井の髪を見つめる。ピンク色は当分、オレの目を引きつけて焼きついて、離れそうになかった。


up:2017.11.21