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「いやーまさか、あの青峰が泣くとは思わんかったなあ」

 WC決勝戦の観戦を終え、原澤の「皆さんで食事でもして帰りますか」との提案により、桐皇学園高校男子バスケットボール部スタメン一同とそのマネージャーは冬の街を連なって歩いていた。先頭を行く今吉が吐き出した言葉に、隣の諏佐は「確かにな」とうなずく。にやにやとしながら振り返った二人に、最後尾の青峰はうぐっと声を飲んだ。先程の、誠凛対洛山の試合中に自分が晒してしまった醜態を思い出し、羞恥が込み上げてきたのだった。

「なんや、『お前だったんじゃねーか、テツ』やったっけ? 昔の相棒が恋しなってまうなんて、青峰もかわいいとこあるやん」
「ちげーよ!」

 青峰のモノマネをしながらからからと笑った今吉に、寒さとは異なる作用で顔を真っ赤にした青峰が叫んだ。二人の間に挟まれている若松と桜井はそれぞれ、「全然似てねえっすよ今吉さん」と呆れながら突っ込んだり、「あああスイマセン! 似てなくてスイマセン!」とひたすらに謝り倒したりしている。桃井は、少しく眉をさげて隣の青峰を見上げていた。

「せやなあ、青峰もなんややる気になったみたいやし、うちでも相棒作ったらええんとちゃう?」

 今吉の発言に、パーカーに手を突き入れた諏佐が「誰とだよ」と首をひねった。

「若松はどうや?」
「はあ!? いやっすよ青峰となんて! ぜってー無理っす!」
「んじゃ桜井」
「えええ!? 無理ですスイマセン!」

 若松と桜井に即答され、青峰のわずかばかり繊細なハートは軋む。だが「あはは、フラれてまったなあ青峰。玉砕や」と今吉が茶化したので、哀愁は一気に怒気へと変化した。

「うっせーよ! 今更いるかンなもん」
「でもその、ゾーンの先のゾーン? ってやつに入るための扉の前には相棒が立ってんだろ? なら、相棒がいなきゃ入れねえんじゃねえの?」

 諏佐の疑問に、青峰は言い淀んだ。そうなのだろうか。黒子が立っていたことは分かったが、それは彼が「相棒」という存在だったから立っていたのか、までは、青峰にもよく分からない。
 口を閉ざしてしまった青峰に、若松は一つ、盛大な舌打ちをかました。

「てめえと相棒なんかやりたがるやついるわけねーだろ」

 若松の口から、白い息がぶわっとあふれる。今吉も諏佐も桜井も桃井も原澤も、青峰以外の視線は皆、若松に集中した。

「散々好き勝手やっといて『相棒になってください』だァ? ンなの誰が許すかってんだ」

 鼻先が、手が、スニーカーの中の足が、寒い。反論することもできないまま、青峰は肩をすぼめた。

「大体なあ、お前は『桐皇』のエースなんだよ。ムカつくけどな。誰か一人のためのものじゃねーんだよ」

 だからなあ、と振り返った若松と、青峰の目が合った。

「相棒がほしいってんなら、お前以外のオレたち全員と相棒になるくらいの気でいろっつの」

 今更『チームのために』とか言い出されても気持ちワリィけどな。若松が吐き捨てると、彼と青峰以外の全員が顔を見合わせた。わなわなと震えている彼らを見て、若松は「な、なんすか」とたじろぐ。
 そんな若松の肩に手を置いたのは、今吉だった。

「あかん若松、ワシ惚れてまうわ」
「は!? なんすかそれ!?」

 若松の絶叫を、無視して皆口々に言い募る。

「すげえプロポーズだったぞ」
「かっこいいです、若松さん」
「私、感動しちゃいました!」
「やはり主将は君にしかできませんね」

 髪の毛を掻き回されたり脇腹をつつかれたり、しっちゃかめっちゃかにされながら若松は「ちょっ、なんなんすかもう!」と赤面していた。いつのまにか一人ぽつねんと取り残されてしまった青峰は、若松の台詞を反芻する。チーム全員の相棒になれだ? ったく、簡単に言ってんじゃねえよ。
 そこで、かはっ、と青峰は笑った。
 でもまあ、オレならラクショーだろうけどな。

「とにかく! めそめそしてる暇なんかねーっつってんだよオレは。てめえがシャキッとしねえと勝てねんだからよ」

 もみくちゃにされている中から、若松が青峰を睨んだ。はん、と鼻を鳴らして、つまさきで青峰は若松のすねを小突く。「いって!」と若松は叫んだ。

「もう負けるわけねえだろ、バーカ」

 青峰に殴りかかろうとする若松を、桜井が必死に押さえ込んで制止していた。今吉と諏佐は互いに目配せをし合って、微笑する。

「今日、来てよかったんじゃねえの」
「ほんまに」

 その後、今吉は「ほらほら、そのへんにしとき若松。血管切れるで?」と怒り狂った若松の上着の襟を背後から引っ張った。ぐえ、と若松がうめく。なぜか桜井が謝罪する。諏佐と原澤は、今後のバスケ部のことについて何やら話し込んでいた。
 彼らを眺めていた青峰の左手に、桃井の指先がちょこんと絡む。

「よかったね、大ちゃん」

 笑んだ桃井から、目をそらして青峰は「何がだよ」と悪態ついた。ふふ、となおも笑う桃井にきまりが悪くなって、わざと大声を出す。

「おい、とっとと食いにいくぞ焼肉」

 勝手に決めてんじゃねえぞコラ、と若松がたてついた。ええやん焼肉、と今吉が反駁すると、オレはなんでもいいけど、と諏佐が丸投げする。桃井さんはどうですか、と桜井が気遣い、キムチと一緒じゃなければ大丈夫、と桃井が回答した。皆さんが食べたいものでいいですよ、と前髪をいじりながら原澤は言う。
 いつの頃からかすっかり見慣れてしまったメンバーが全員、今青峰の視界の中にいた。楽しげな者、苛立っている者、困っている者、様々だが、それでもこのメンバーで一年間、プレーしてきたのだ。青峰をエースに据えて。
 感謝とか、申し訳なさとか贖罪の心とか、そんな殊勝なもの、青峰は持ち合わせていない。彼の中にあるのはたった一つ、もう負けるなんてありえねえ、という決意と確信、ただそれだけだった。


up:2017.11.21