ss&log | ナノ

※全体的にちょっと下品です



 ぷりぷり怒って「もうっ、大ちゃん!」とか喚きながらオレの後ろにくっついてきたさつきが「きゃあっ」と叫んだかと思ったら、どべっ、と音がした。振り返ったら、波のせいで黒くなった砂浜の部分に、さつきがぶっこけていた。

「……なにやってんだお前」

 足を止めて、見下ろす。さつきは「転んだの!」と、見りゃ一発で分かることを言った。

「あーもう、砂だらけだよう」

 体を起こして、いつも着ているパーカーについた砂を払ってるさつきだけど、水を吸い込んだそれはべったりと服に貼りついて全然取れてねえ。アヒル座りで半泣きになってるさつきが次にどんな行動を取るか、大体分かるから逃げようとしたら「大ちゃんのばかっ」と吠えられた。

「全部大ちゃんのせいだからね!」
「なんでだよ!?」
「だって大ちゃんがおとなしくみんなと花火してくれてたら、こんなことにならなかったもんっ」

 うぜえ。でも逃げそびれたオレは、しゃーなしさつきの前にしゃがんで、砂を払うのを手伝ってやった。ポニーテールにした髪の毛にも砂の粒が散っていて、ぐいぐい引っ張ってやったら「痛いっ」と文句を言ったさつきが、オレの肩を突き飛ばす。それでオレも尻と手を思いっきり、砂の上に置いちまった。

「てめ、さつき! オレも汚れたじゃねーか!」
「加減してよ! 髪の毛抜けちゃうじゃない!」

 キッと目を尖らせて立ち上がったさつきの後ろに、三日月が白っぽく浮かんでいる。八月の真ん中の海は、夜でもくそあちぃことに変わりない。
 バスケ部の合宿、明日にはもう学校に帰るっつーこのタイミングで、監督が「花火でもしましょうか」なんてぬかしやがった(去年はンなことしなかったくせにあのロン毛監督、意味分かんねー)。それで練習後の今、部員全員で宿の近くの海に来てるってなわけだが――まあ、フツーにめんどくせえ。かったりいのはパス、ってことで、線香花火を一本燃やしたところで宿に戻ろうと集団を離れたオレにくっついてきたのが、さつきだ。「こういう時はみんなで遊ばなきゃダメだよ!」とかなんとかうぜえことを散々オレに喚き立てた末に、すっころんだ。マジもんのバカだ。

「あーあ、これじゃみんなのとこ戻れないじゃない」
「自業自得だろが」
「もとはといえば大ちゃんのせいでしょ!」

 このーっ、と叫んで、砂まみれの手でさつきがオレの髪を掻きむしる。

「おいコラてめっ、やめろ!」
「しょうがないからちょっと海に入って帰ろーっと」

 あてつけみてえに宣言したさつきは、ふん、とむくれて波打ち際まで歩いていった。短パン(って言うたびさつきに「ショートパンツだってば!」とキレられる)から伸びた足で水面を切って、ぺちゃぺちゃ遊んでいる。さつきが蹴った海が、水しぶきをあげて月だか星だか、遠くの方の街灯だかに反射して、きらきらする。
 オレはしばらく尻もちついたそのまんまの格好で、さつきが水の中を行ったり来たりすんのを眺めていた。向こうの方から、男ばっかで花火をやっているあいつらの野太い声がぱらぱら聞こえてくる。でもこっからじゃ岩陰になって、姿は見えない。
 ここならヤッてても誰にもバレねーな、とか考えてたら、真っ暗な海にくるぶしまでひたしてるさつきの、太ももがやたら白く光って見えて、エロい気分になった。

「おい、さつき」

 ん? とさつきが振り返っちまう前に、オレは剥き出しになったうなじに噛みついた。「ひゃあっ」と声をあげたさつきはそのまま海の中で、またすっころぶ。

「きゅ、急になにするの大ちゃん! ていうかまた転んじゃったし、」
「なにって、キス」

 海に浸かったさつきの上に覆い被さって答えると、さつきはこんな夜の中でもバレバレなくらい、顔を赤くした。それから、ぷいっと背けてふてくされる。

「そ、そういうこと訊いてるんじゃないもん……」
「じゃあなんだよ」

 さつきの顎を掴んで、オレの方を向かせた。

「『キス』じゃなくて『ちゅー』がよかった?」

 笑って煽ってやると、さつきはオレのでこを右手でぐいーっと押しのけた。

「ち、違うもんっ。いーから離れてっ……!」
「やだ」

 さつきの手を引き剥がして、捉える。それでもまだ暴れようとしてたさつきだけど、オレの顔を見上げたらなぜか急に脱力して、おとなしくなった。

「そ、んな顔しないでよ、大ちゃん……」

 ぽそぽそと、さつきがつぶやく。

「そんな顔ってなんだよ」
「真面目な顔!」

 大ちゃんバカなんだからそういう顔禁止! なんて失礼なことをぬかしやがったさつきの口を、口で塞いだ。一瞬で、さつきが黙る。オレの耳に残るのは、波がじゃぶじゃぶとオレとさつきの体に打ちつける、その音だけ。視界の端っこに、海水の上を滑るように広がったピンク髪が映る。……つーか、なんかしょっぺえ。

「あっ、ひどい!」

 口を離してぺっとつばを吐き出したオレに、さつきが突っかかってきた。

「だってなんか砂でざらざらしてるっつか、しょっぺえし」
「海だもん、当たり前だよ。ていうか大ちゃんが転ばせるのが悪いの!」

 またすぐにぐちぐちと小言を垂れ始めるさつきには、色気っつーか、ムードってのがかけらもねえ。オレはさつきの唇を、自分のTシャツの、かろうじて濡れてない部分で拭いた。むう、とうなったさつきに抵抗されちまう前に、またキスする。今度はまともな感触と味だったから舌を入れた。オレとさつきの唾液が口の中で混じって、ちゅっと鳴る。びっくりしたらしいさつきがオレの胸を押したけど、さつきの頭の後ろに手を置いて、固定した。つーか、おっぱいさわんのはオレのセンバイトッキョだろが。
 ムカつくからおっぱいに指を食い込ませてやったら、さつきがオレのべろにもろ歯を立てやがった。

「ってーな! なにすんだ」
「ななななにすんだって、こっちの台詞よ! ばかばかばかばかっ、ばかっ!」

 立ち上がって逃げようとしたさつきを、後ろから捕まえる。水を吸った服が肌にべったりくっついてて気持ちワリィ。さつきの肩に腕を回して体と体を密着させると、さつきはあからさまに固まった。

「あ、あたあたあた、あたって、」
「何が?」

 さつきの耳元で、囁くように訊いてやる。トーゼン、何があたってんのかなんてオレが一番よく知ってるわけだけど。

「何があたってんだよ?」

 答えないさつきの、耳にふっと息を吹きかけてやったら「きゃーっ!」と悲鳴をあげて、オレに全身でもって寄りかかってきた。さすがに支えきれなくなって、一歩、後ろによろめく。微妙な角度でオレの方に首をひねったさつきは、完全に涙目だった。

「だ、大ちゃ、」
「あ?」
「ど、どうしよ。立てない、助けて、」

 ……腰が抜けちまったらしい。溜息を吐いて、肩の方に回してた腕を一本、腰の方に添えてやった。

「『お姫様抱っこして、大輝くん』って言ったら、助けてやってもいいぜ?」
「っ、もういいっ。一人で帰りますうっ!」

 放してー、とじたばたするさつきの膝裏に手を入れて、抱え上げた。潮のにおいが、このタイミングで鼻に入ってくる。

「あー重ぇー、腕外れるー」
「なっ、だから放してって言ったじゃんっ。おーろーしーてー!」
「牛運んでるみてー。こりゃー明日の朝練ムリだわー」

 ばかばか、ガングロ、とか騒いでるさつきを抱えたまま、宿の方へと歩いていった。

「宿着いたら体洗ってやるよ、さつき」
「いらない! 絶対変なところ触るもんっ」
「変なところってどこだよ?」

 訊いてやると、さつきはまた、黙りこくって知らんぷりを通そうとした。顔を真っ赤にしながら頬を膨らませてるから、すっげえブサイク。ぶはっと噴き出して、それをそのまんま指摘してやった。そしたら珍しくさつきが怒んねえでぽかんとオレを見たもんだから、なんとなく落ち着かなくなって、目をそらす。

「……んだよ」
「大ちゃん、笑ってる」

 はあ? とすごんでやろうとしてさつきを見下ろしたら、無駄に嬉しそうな顔してはにかんでやがるからこっちまで恥ずかしくなった。手首だけ動かしておっぱいにタッチすることで、それをごまかす。案の定さつきはそれだけで騙されて、「ばかー!」とさっきまでのぷんぷん怒った顔を取り戻した。
 オレが笑うと嬉しいとか、簡単すぎんだろ、こいつ。
 そうやってバカにしながらも、まー明日からはもうちょい愛想よくしてやっか、とか考えちまってるオレは、テツ曰く「単純」らしい。でもしゃーねーだろ、「好き」とか「愛してる」とか、オレには似合わねんだからよ。
 ほんとブスだな、と言って、さつきの体を抱く力を、バレねえ程度の加減で強くした。どっかで若松がオレを呼ぶ怒鳴り声がしてっけど、そんなのは、無視だ。


up:2017.10.02