食べかけのアイスが崩れ落ちた。
今まさにそのひとかけらを口にしようとしていた桃井さんが、ああ、と小さくつぶやいてその場にしゃがみ込む。アスファルトに落下したゴリゴリ君は、夏の日差しを浴びてもう溶け出していた。液体になっていくアイスを眺めながら、桃井さんは「残念〜」と嘆く。
「あああスイマセンっ。落ちちゃってスイマセンっ」
「いや、なんで桜井くんが謝るの?」
苦笑して、桃井さんがボクを見上げる。膝を抱えた桃井さんの足元では、アイスのしみが広がってそこだけ黒くなっていた。
「それより、桜井くんも早く食べちゃわないと。溶けちゃうよ?」
「ええっ!?」
促されて、ボクはあわててゴリゴリ君に噛りついた。ソーダ味のゴリゴリ君は、端っこがやわらかくなって、急がないと本当に桃井さんの二の舞になりそうだった。焦って一口に収めたボクを、桃井さんは軽やかに笑う。そうしてから眉を下げて、少しうつむいた。
「ごめんね、桜井くん。急にこんなこと付き合わせちゃって」
買い物を終えたらしい人がコンビニから吐き出されてくる。桃井さんはそちらを気にすることなく、続けた。
「なんか、たまには誰かと一緒に帰りたいなあ、って思っちゃって」
夕陽で、桃井さんの横顔があたたかそうに染まる。瞳の色も朱くなる。でもその色を、きれい、と思ってはいけないような気がした。桃井さんとボクがどうして今ここにいるのか、それがやっとわかってしまったから。
桃井さんは桐皇のマネージャーだ。でも、桃井さんが心底から大切にしたがっているものは、きっと桐皇じゃない。無意識なのかもしれないけど、そもそも比べるようなものじゃないのかもしれないけど、桃井さんがほしいものはきっともっと別のものだ。
けれどもそれは簡単に手に入らない。そして同じことを、この「桐皇」に求めても仕方のないことは、たぶん誰より桃井さん自身が知っている。部活以外の時間も行動を共にしたり、一緒に遊んだりなんていったことからは、かけ離れたチームだから。
でも、わかっていても、桃井さんはそれを望んだんだ――ボクに。
「……謝らないでください」
桃井さんが顔を上げた。周囲を満たしていたセミの声が一瞬、途切れる。
「ボクは、桃井さんに、謝ってほしいなんて思いません」
桃井さんはびっくりしたように目を大きく見開いていた。地面のアイスはもう原形もなく、溶け消えてなくなっている。
代わりだとしても、桃井さんが選んだのは、ボクだから。
やがて桃井さんは噴き出した。あはは、と笑いながら立ち上がった桃井さんに、ボクはぎょっとする。とっさに「スイマセン!」と口走ってしまったけど、桃井さんは特に気にした様子もなく、言った。
「なんか、いつもとあべこべになっちゃったね」
それから視線を落として、あっ、と声を上げる。
「見てっ、桜井くん!」
肩と肩がくっつくほど桃井さんに接近されて、反射的に心臓が脈打った。ひいっ、と叫びたくなるのをなんとかこらえて、おそるおそる桃井さんの手の中を覗く。ふわ、と一瞬だけ桃井さんの香りがして、そこにあったのはアイスの棒と――「当たり」の文字。
「交換しないでおこっかな、今日の記念に」
ぎゅっ、と棒を握りしめた桃井さんはいつも通りの楽しそうな笑顔で、ボクもなんだか唇がゆるむ。桃井さんには、今抱えているものを選んでくれたらうれしい、と思った。
それなら、ボクも共有できるから。
up:2018.09.20