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 分かっていた。相田がオレに部についての意見を熱心に求めるのも、オレの自主練に最後まで付き合ってくれるのも、その間ずっと、本当にずっとオレの姿を目で追いかけているのも、そこに「バスケ部の監督」以上の意味と理由があるんだってことくらい、オレは気がついていた。

「ちょっと、もうそろそろ片づけ始めないと下校時刻過ぎちゃうんですけど」

 体育館のステージにもたれながら壁時計を見やった相田は、オレにそう忠告した。そうかあ、とつぶやいて、オレは今まさに打とうとしていたボールを腕に抱きとめる。

「相田が片づけ手伝ってくれたらもうちょいできるな」
「人をあてにしてんじゃないわよっ」

 一瞬、牙を剥いた相田は、次いで溜息を吐いてゴール調整用のハンドルを握った。そのままこっちに近づいてくる。オレの横をあっけなく通り過ぎてギャラリーへとあがっていこうとした相田だけど、ボールのバウンド音を聞くと肩をいからせて振り返った。でも、もう遅い。ボールはオレの手を離れて、ゴールネットをくぐり抜ける。

「終わりだっつってんでしょうが!」

 つかつかと歩み寄ってきてオレを睨みあげた相田の頭を、はははと笑ってオレは撫で回した。

「悪い悪い、もう終わりにするから」

 当たり前でしょ、という相田の言葉は、蚊の鳴くようにごく小さかった。オレの手の下、崩れた前髪の奥で相田は目尻を赤くしている。視線を足元にさまよわせて、唇を噛み込む。オレは身動きを取れなくなって、相田の頭の上に右手を置き続けた。頭皮の湿り気が直接、指先にふれた。
 分かっていた。相田の気持ちも。相田の期待していることも。オレがどう動くことを、相田が望んでいるのかも。
 相田の望みと日向の望みが、重ならないことも。

「いい加減放しなさいよ」

 そう言って、相田はオレの手首を掴むと自分でどけた。力なく垂れ下がったオレの腕をぼんやりと眺めて、眉間にしわを寄せる。

「木吉くんって、」

 それからむりやり笑顔を作った相田の、ヘアピンがオレンジ色の照明に反射して、瞬いた。

「ほんとは全部分かってるんでしょ?」

 踵を返そうとした相田の肩を引き寄せて、オレは腰をかがめた。
 分かっている。全部分かっている。相田の気持ちも日向の気持ちも、自分の気持ちも。全部分かっているのはきっとオレだけで、だからオレは知らないふりをし続けてきた。そうすれば誰のことも傷つけずに済むと、信じていたから。
 でも、そんな決意を貫き通せるほど自分は我慢強いわけじゃなかったのだと、今この瞬間、オレは思い知っている。

「リコ」

 唇を合わせる前に見た相田の顔面には、オレの影がかかっていた。
 今更だ。オレはずるい。けど、これで日向に「ごめん」なんて謝れてしまうほど、無神経でもない。オレと相田の望みが重なって、日向とはそうじゃなかった。それだけだ。
 相田を好きなのは自分だけじゃないってこと、お前は知らないだろうけど、日向。
 きん、とハンドルが床に叩きつけられる金属音が鳴って、少しの間、体育館に残っていた。


up:2018.09.09