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 お祭りが終わって、すっかり人のいなくなってしまった夜の神社は怖いくらいに静かだった。
 神社の周りを囲う林が生ぬるい風に揺さぶられて、かさかさ、と夏の終わりを知らせる、胸をつねられるような音を立てる。私のワンピースの裾も、それに合わせてちらちらと踊っていた。境内の裏を明るくするのは私と青峰くんの手元にある線香花火だけで、頼りない火薬のにおいが、鼻につんと染みる。
 どっちが長く光らせていられるか、競争ね。
 そう宣言して、めんどくさそうな顔をしていた青峰くんの花火に問答無用で火をつけた。私の隣で、だるそうにしゃがみ込んでいる青峰くんの横顔は、白や赤、緑、黄色と、色とりどりに瞬いている。どうしてもかったるい、とお祭りを渋った青峰くんに仕方なく折れて、代わりにと強引にここまで引っ張ってきたものだからすぐに帰られちゃうかも、なんて心配してたんだけど、意外にも青峰くんはおとなしく花火に付き合ってくれていた。

「なんか、中学生の時思い出すね」

 私の感想に、青峰くんは「あー?」と低くうなった。

「お祭りのあとにみんなで花火、したじゃない。二年生の時だったかな」

 青峰くんのサンダルの足元に、爆ぜた火の粉がぱらぱらと落ちている。暑くないのかな、と思うけど、青峰くんは特に表情を変えなかった。帝光のみんなとお祭りを過ごした時のことを、ちゃんと覚えているのかどうかすらよく読み取れない、少し冷たいくらいの無表情だった。

「懐かしいな」

 たった二年前のことなのに、すっごく昔の出来事みたい。
 私がそう言った時、青峰くんの花火が燃え尽きてしまった。「やったあ、私の勝ち」とちょっと大袈裟なくらい喜んでみせたけれど、青峰くんは眉間に一本しわを寄せるだけで、やっぱりなんにも言わなかった。
 私の花火は、まだまだ元気にはじけている。

「……今は、青峰くんしかいないんだね」

 ススキ花火を真上に向けて掲げていたムッくんも、それにおびえていたきーちゃんも、私と一緒に線香花火をやってくれたテツくんも、みんなを見守っていた赤司くんもミドリンも、今はもう、いない。
 垂れた私の頭の、つむじに青峰くんの鋭くてまっすぐな視線を感じる。それに突き動かされるようにして、遠い、という言葉が、口からこぼれた。

「遠いよ」

 瞬間、私の火の玉も散ってしまった。
 線香花火の淡い灯りすらすっかり消えてしまうと、神社はいよいよ真っ暗だった。網膜の奥に刻まれた光の残像も、まばたきのたびにゆっくりと薄くなっていく。青峰くんのいる方から風が吹きつけると、汗のにおいがした。

「消えちゃった」

 花火の持ち手をつまむ指先に、きゅっと力を込める。さつき、と青峰くんが小さく、私を呼んだ。

「消えちゃったよ、青峰くんっ――」

 顔をあげるのと同時に私の瞳からは水があふれて、青峰くんの手のひらは私の肩を痛いくらいに掴んでいた。泣き声は漏れる間もなく青峰くんの唇の中に飲み込まれて、すがるみたいに、私は彼の半袖の先っぽを、ぐっと握りしめる。
 もう戻れない時間のことなんて考えてもどうしようもなくて、分かってるけどでも本当は諦めたくなくて、諦められなくて、私はどうしても戻りたい。戻りたいよ。
 青峰くんの腕に固くきつく抱き止められながら、熱い吐息に乗せて「大ちゃん」と呼びかけてみた。大ちゃんは一瞬だけ腕の力をゆるめて、でもすぐに、さっきよりもっと強く、私を抱きしめてくれた。
 大ちゃん、と無邪気にその手を取ることができていたあの頃からもう一度やり直せたなら、私はもっと上手に、今度こそみんなを離さないように、繋ぎ止めることができるのかな。
 馬鹿野郎、と絞り出すようにしてつぶやかれた、大ちゃんのその声はとても寂しそうで、私は大ちゃんに泣いてほしくなくて、彼の後頭部に両手を伸ばすと、ぎゅっと引き寄せた。


up:2018.05.05