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「ずっと」なんてない。
 ボクの腕に抱きついている桃井さんの、体温を感じながらボクは考えていた。ボクとは異なる学校の制服を着た桃井さんは、恋人同士になって初めてのデートに浮き足立っているのか、先程からかわいらしい笑顔を絶やさずにいる。
 うれしいのはボクも同じだ。でもボクは、今この時に心を踊らせるほど、宝箱に閉じ込めて鍵をかけてしまいたいと祈るほど、そういったあたたかくて優しくて、でも強い感情とは全く反対の性質を持った感情が、同時に胸に噴き出してくる。
 フィクションの世界は、虚構だけどリアリティが求められる。読書が好きで、小説もよく読んでいるボクは、だから現実の恋愛がどんなものなのか、ある程度かもしれないけど知っているのだ。
 はじめは、運命を信じられるほどに燃え上がった恋愛でも、時が経てばお互いの存在が当たり前になってしまう。よく思われたい、いいところを見せたい、と努める意識も失われて、怠惰になっていく。特別だったはずの二人の時間はいつしか日常になって、それに伴って愛情も、次第に薄れゆき、やがて消えてしまう。人の心は変わるものだから、「ずっと好き」なんて叶わない注文なんだと思う、きっと。
 ボクにはそれが怖い。ボクとの時間が日常になった時、桃井さんはボクをどんなふうに思うんだろうか。飽きたり、いやになったり、しないんだろうか。そんな不安や心配を膨らませていくたびに、最初から桃井さんの日常に入り込んでいる青峰くんが、たまらなくうらやましくなる。結局ボクには、自信がないということなんだろうか。
 それでもボクは、桃井さんと過ごすこの時間を、ずっとずっと抱きしめていたいのに。

「テツくん」

 堂々巡りの思考から、桃井さんに呼びかけられて我に返った。視線を移すと、桃井さんはゆるやかに微笑んでボクを見上げていた。桃色の綺麗な瞳がどこまでも穏やかに澄んでいて、ボクは一瞬、心臓を掴まれる。
 その隙を突くようにして、桃井さんが言った。

「――私ね。今、すっごく幸せだよ」

 急にごめんね、と桃井さんは照れくさそうに頬を掻いた。

「でも、なんか言いたくなっちゃった」

 ああ、そうだったんだ。
 ボクがその場に足を止めると、桃井さんは不思議そうにボクを覗き込んできた。ボクは肘に絡まれている桃井さんの腕を一度ほどいて、再び、今度は手と手を繋ぎ合わせる。固く固く、離れてしまわないように。
 未来なんて見えない。でも、桃井さんとずっと一緒にいたいと思った、ずっとふれあっていたいと思った、今この瞬間の気持ちは本物だ。どうしたって。

「桃井さん」

 風で少し乱れてしまった桃井さんの髪を、そっと撫ぜて直してみた。たったそれだけの行為で、桃井さんは分かりやすく顔を赤くして、うつむいてしまう。もっと近づいたらどんな反応をしてくれるだろう、なんて意地悪な衝動はとりあえず押し込めて、ボクはゆっくりと、口を開いた。

「ボクも、同じ気持ちです」

 繋がり合った手が、そこから溶け出してしまいそうに熱を孕んで、いっそこのままくっついてしまえばいいのに、と思う。
「ずっと」なんてない、かもしれない。でも今ボクは、桃井さんは、「ずっと」を信じたいと思っている。そう思えるほどにお互いを、好きだと思っている。それだけでもう、充分だ。
 この先のことなんて分からない。
 でも永遠を、願うくらいは自由でしょう?


up:2018.04.15