※とても下品です
「なー諏佐ぁ」
「なんだよ」
「昨日ワシ、桃井でヌいてしもうたんやけど」
不意に、本当になんの前触れもなく背中にぶつけられた今吉の爆弾発言のせいで、オレは握っていたシャーペンの、芯を思いっきりへし折ってしまった。ばき、と砕けた芯が、ノートに黒ずみを作る。
「なに言ってんだよ!」
回転椅子ごと今吉の方を向く。勢いをつけすぎて一周しそうになったところを、床につまさきを置いてどうにか半周にとどめた。ローテーブルに数学の問題集を広げていた今吉は、「取り乱しすぎやろ」とからから笑っている。
「人の部屋に汚ねえ言葉撒き散らすなっての!」
「えー、せやかて昨日の桃井、ホンマすごかったんやで? 諏佐も見たやろ、パーカー脱いどる桃井」
オレの注意なんかこれっぽっちも聞いちゃいねえ今吉は、頬杖をついてとうとうと語り出した。夏休みの課題と受験勉強を進める目的で今夜オレの部屋に来たくせに、どうやらもう集中力が途切れたらしい。
「昨日体育館なんか蒸し風呂やったやん? それで桃井も相当汗かいててん。ブラウスが背中にぴったりくっついとって、あ、これアカンやつやん、なんて思っとったら案の定や。めっちゃ透けとんねん、下着」
ムラっときてしもたわー、とペン回しをしている今吉に、うんざりしてオレは椅子を元に戻した。机に向き直ったオレを気にもせず、今吉は続ける。
「で、諏佐はどうなん?」
無視。
「ぶっちゃけ、何回やったん?」
したことあるの前提かよ、と思ったが突っ込みは入れない。今吉の言葉に答えたその瞬間、なんだかんだと乗せられてオレの負けになることは、これまでの経験からよく理解できている。
オレが沈黙を貫いていると、今吉は諦めたのか、しばらく何も言ってこなかった。オレはほうと息を吐く。世界史のワークに「朱元璋」と書き込んだところで――しかし再び、今吉の声が飛んできた。
「あー諏佐は眼鏡の娘がタイプやったもんなあ。もしかして桃井ではアカンのん?」
「なんで知ってんだ!」
しまった突っ込んじまった、と気づいた時にはもう遅かった。今吉はいつのまにか前髪をゴムで束ねていて、オレを見てにやにやとする。
「やって諏佐のパソコンに入っとるの、見事に眼鏡っ娘ばっかやん」
あんなん見たら猿でも分かるわー、とこともなげに今吉は言う。いつ見たんだよ!
オレはうなだれた。どんな女が好みだとか、そういう話をしないわけじゃないし興味がないわけでもない。でも今吉にだけは絶対知られまいと、意識してオレは気を働かせてきたんだ。だって今吉なんかにバレたら、いつどこでどんな悪用のされ方をするか分かったもんじゃない。今吉という男はそういうやつだ。
それを知らぬ間に見られていたなんて、とオレは頭を抱えた。水泡に帰す、という言葉が頭の中で明滅する。
ゆっくりと立ち上がった今吉は、わざとらしいまでに悠々とオレに近づいてき、肩に腕を回してきた。
「――で?」
耳元で、囁くみたいに今吉は言う。背中の産毛が、一気に逆立つような感覚があった。
「どうなんよ?」
ああ、もう。
せめてもの抵抗に、オレは今吉のちょんまげを引っ張った。
「……二回」
げらげらと腹を抱えている今吉を引き剥がしながら、オレは自分の頬が熱を持っていくのを、はっきりと感じていた。
当分は、パソコンの中身も桃井も、直視できない気がする。
up:2018.03.24