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※どんな青峰くんでもバッチコイ!な、心が空より広い方向けです



 さつきとケンカしてあいつを泣かすと、いろんなやつに文句を言われる。

「あの、早く仲直りした方がいいんじゃないかなって……あああ、生意気に首突っ込んでスイマセン!」

 と、良は結局謝るくせに口出ししてきやがるし、

「てめえ桃井泣かせてんじゃねーぞコラ!」

 なんつって、若松はどでけえ声で怒鳴り散らしてくる。

「またかよお前たちは。いい加減にしろ」

 そう言って溜息を吐くのは諏佐サンで、

「あんなあ、マネージャーがおらんくなって困んのはワシらやねん。勘弁してくれや」

 今吉サンは肩をすくめて、ワシ呆れてんねんで、って空気を全開に醸し出してくる。
 あんまり泣かせてばっかいると、そのうち愛想尽かされんぞ。それが、あいつらがいつも口を揃えてオレに説教してくることの全部だ。笑っちまう。そのたびオレは「へいへい、そーですねー」とかなんとか、適当に相槌打ちながら耳をかっぽじってやってんのに、あいつらは毎回毎回、おんなじことを喚いてくる。うんざりだっつーの。
 なんにも分かってんねーんだよ、お前らは。

「青峰くん、またサボってる」

 放課後、いつも通り屋上で寝てたらさつきがやってきて、そうぼやいた。ペントハウスのはしごを登ってきたさつきは、腰に手を当てて仁王立ちになる。

「部活、休みじゃないんですけど?」

 ほら起きて、とオレの左腕を引っ張ったさつきに、抗うことなくオレは上半身だけ起こした。それから、いつぶりだ、と頭ん中を引っ掻き回して考える。一週間と二日だった。
 今回はまあまあしぶとかったな、と笑いをこらえていたら、目を吊り上げたさつきに「なに笑ってるのよ」とキレられた。こらえきれてなかったっぽい。
 立っているさつきと、座ってるオレ。さつきの頭の向こうにはうぜえくらいに晴れた空があって、ぽつぽつと白い雲を浮かべていた。そこからオレは、テツを思い浮かべる。空の水色は、まんまテツの色だ。

「お前、またテツに泣きついただろ」

 コンクリに手をついて、体を仰け反らせながら指摘してやると、さつきは顎を引いてあからさまにびくついた。

「なんで知ってるの?」
「テツが電話してきた。子どもみたいなケンカはやめろ、ってな」

 一週間と二日前、オレとさつきはここでケンカをした。理由は……忘れたけど、どうせたいしたことじゃねえだろ。とにかくオレたちはケンカして、んで最終的に泣き出しやがったさつきは「もぉ知らない!」だったか、なにかしらを叫んで逃げていった。オレは追いかけなかった。IHのあとん時みたいに、まあテツにでもグチるんだろ、と予想がついた。

「ったく、ガキなんはさつきだけだっつーのに」
「なにそれっ、こっちの台詞ですぅ! 青峰くんなんていっつも自分勝手でわがままで、そのくせ構ってほしがるんだもん、完っ全に子どもじゃない!」
「おい、オレがいつ構ってほしがったってんだよ」
「いつも! いつも構ってほしがってる!」

 風が吹いて、ぎゃーぎゃーとうっせえさつきの、制服のリボンが舞い上がった。きゃっ、とさつきが軽く悲鳴をあげる。盛大にうなっていた風音が収まってから、もう、とさつきはそっぽを向いた。

「ほんっと青峰くんって優しくない。ちょっとはテツくん見習ってよね」
「優しい方がいいってか」
「当たり前でしょ!」

 今度はオレがさつきの手首を引っ張った。膝を折ったさつきはオレの体の上に落っこちてきて、ぎゅ、と肩を握る。

「じゃあなんで、オレのとこに帰ってくんだよ」

 耳元で、わざと低音で訊いてやったら、オレの肩に置かれた指先に分かりやすく力がこもった。さつきの顔の輪郭を掴んで、上向ける。一瞬合った目はすぐにそらされた。

「なあ、なんでだよ?」

 オレの脚にまたがっているさつきの、パーカーのファスナーを一気におろした。しゃっ、といい音がする。

「優しくねえんだろ、オレは」

 ブラウス越しに、さつきの腰を撫でた。

「ちょっ、なにするの青峰くん!」
「答えたらやめてやるよ」
「ばかばかっ! なに考えて、」

 さつきの体を押し倒して反転、オレが馬乗りになった。よっぽどびっくりしたのか、さつきはマヌケづらでオレを見上げている。コンクリの上に散らばった髪にさわってやったら、一瞬強くまぶたを閉じて、それからおそるおそる持ち上げていた。少し水気の多くなったその目を見下ろして、ほらな、とオレは思う。
 こいつは、オレを拒まない。

「分かんねーなら、教えてやる」

 ブラウスの裾をスカートから引っこ抜いて、手を突き入れた。鷲掴みにした腰はオレの手のひらよりはるかに熱くて、やわらかい。
 その、腰に唇を押しつけた。白い肌を舐め上げると、汗のせいかなんなのか、微妙にしょっぺえ。

「もっ、大ちゃん、やだぁ、」

 むりやり絞り出したみたいな細い声で、さつきが訴えた。ほとんど息のようだったそれをオレは無視する。「青峰くん」じゃなくて「大ちゃん」だったことだけは、ちゃんと覚えといてやった。オレの下で、さつきが内腿をこすり合せる。
 キスをして、吸いついた。綺麗に刻まれたオレのシルシをつつきながら顔をあげたら、さつきはちょっと泣いていた。目尻からこめかみへと流れていく水滴を舐め取ってやると、涙の代わりにオレの唾液が残って太陽に光る。グラウンドの方から、どっか運動部のかけ声が響いてきた。

「お前はな、」

 さつきは泣いている。ケンカした時も、今も、オレのせいで泣いている。
 それはつまり、オレのために泣いている、ってことだろ。

「オレから離れらんねえんだよ」

 どんだけ怒らせても、どんだけ傷つけても、どんだけ泣かせても、ついでに「ブス」って言っても、どうしたってこいつはオレの隣に戻ってくる。笑っちまうくらいに楽しいその事実を確かめるために、他のやつらに見せつけるために、オレはこいつの涙を引き出すことをやめられない。

 ――桃井さんのこと大切にしなきゃダメですよ、青峰くん。

 こないだ、テツが電話で言っていたことを思い出す。さつきに言わせりゃテツは「優しい」らしいから、「大切にする」方法だってきっと分かってんだろう。
 でも、肝心なことが分かってねえよ、テツ。
 お前は優しいんじゃなくて、優しくするしか方法を知らねえだけだ。お前だけじゃねー、今吉サンも諏佐サンも若松も良も黄瀬たちも、オレ以外のやつらみんな、おんなじだ。だってそうしねえと、さつきはお前らから離れるから。さつきに傷をつけられるのは、オレだけのトッケンだから。
 優しくしようがしまいが、大切にしようがしなかろうが、結局さつきはオレのもんなんだよ。

「分かったか、さつき」

 さつきは何も言わなかった。うなずかなかったし、かといって首を横に振ることもしなかった。ただぽつりと消えそうに「大ちゃん」と囁いた、その口をオレの口で塞いだ。
 オレはテツみてえにさつきを扱えない。でもお前だって、オレみてえなやり方でさつきを縛っとくなんて、できねえだろ? なあ、テツ。


up:2017.12.24