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「佐助、そろそろ」

「はいはいっと」


 それまで口を閉じ、佐助と秀晶のやり取りを容認していた信玄がふつりと場を切り取り、その声に佐助も一歩下がると同時に膝をつく。
佐助の短い返事はあたかも軽いノリに聞こえる者が多いことだろう。
が、目と張りつめた空気はさすが一流と呼べるべきものがある。
そして信玄の近くに座っている幸村に「秀晶殿、秀晶殿」と呼ばれ、後ろ手に渡された濡れた手拭いを頬にあてつつ宛てがわれた席に着いた。


「申し訳ありませぬ秀晶殿、佐助がこのような…」

「真田殿」

「ぜひ幸村と」

「では幸村君」


 形式じみた挨拶もそこそこに、やんややんやと始まった宴に混じり幸村が眉を下げながらすり寄ってくる様が秀晶にはいたずらをしでかして叱られた犬にしか見えず、思い立ったままにわっしゃわっしゃと撫で回し、それを見咎めた佐助にスパーーンっと後頭部を叩かれた。
案の定見ていた武将たちに「ですよね」だの「呼び名の距離感おかしい」だの「マジ明智」だのとざわざわされる秀晶だが、相も変わらずフフフフフフと笑みを浮かべるばかりだった。

 けれども今回は少し違い、もう一度「幸村君」と名を呼ぶ。


「私がこうなったのは至って当然のことです。あなたが謝ることでも、ましてや佐助さんを咎めるようなことではありませんよ」

「しかし、客人に対する態度ではござらぬ! やはり某が、」

「あのさぁ旦那、」

「……あなたは少し、そうですね…なんと言いましょうか」


 幸村の言葉を遮った佐助をまた遮り、ふむ、と首をひねる秀晶の髪が揺れ、銀糸のように光る。
黙り込んだ蛇の顔を見れば、桔梗色の瞳が年端のいかぬ子どもを見るような、そんな目がこちらを見据えていて、喉の下が涼しくなった。


「かわいらしいですね」


 どこからか、ヒュッと息を呑む音が聞こえた。

 いかに色恋に鈍く、純粋と評される幸村であろうとも、それが見目に関することや賞賛ではないことは察しがついた。
聞き耳を立てていた信玄、同席していた武将の雰囲気が変わったことに、女中ですら手を止める。


「そ、」


 開いた口から飛び出した声も乾いており、一度口を閉じ唾液を無理に嚥下すればごくりと凍った脳に響いた。
秀晶は変わらずあの笑みを浮かべたまま幸村を見つめている。

 慈悲深い、このまなざしは嫌いだ――と、どうにも答えの出さぬ脳が優先して差し出して来た。




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