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「ククク…では皆さん、是非ご賞味を」


 全員の膳を配り終えた後、そう言って機嫌良さそうに広間を去る秀晶。
……を、すれ違い様に頭を掴んで捕まえる佐助。


「いやいや。な、に、やっ、て、ん、の?」

「おや佐助さん、貴方の分の膳は別に用意してますのでそちらで」

「いや違うそういうことじゃないから」


 片手にも関わらずみりみりみりみり、と聞こえてきそうな握力で掴む佐助にさも平気であると言わんばかりの笑顔で見ぶり手ぶり食事の内容まで話を続ける秀晶に、誰もがああこれアカンと頭を抱える。
もちろん佐助としても広間で、しかも他の将達の居る前で大将の客人に対し手荒な真似などしたくないし、そもそも客人の行動に口出しなど御法度なのだが、どうにもこれは抑えがたい。

 あの時、絶対に、その場から動くなと言ったはずなのだ。
それを秀晶も承知したと言ったはずなのだ。

 一度口にしたことを破るのであれば、それは礼を欠く行動である。
ましてや自分の上司の客人としてのお披露目とも言えるべき場所に遅れてきて悪びれもしないのであれば、招いた上司の、信玄の顔に泥を塗ったも同然。
他の者に示しもつかない。
なおさら許すこと出来るはずがない。

 スッと細まる目元をそのまま、信玄へと向ける。
信玄もそれにうむと頷き、任せると言い放つ。
甘いと評される幸村も佐助の行動が主を真に思うからこそと分かっているため、今回は庇うことは出来ず、静かに眉根を寄せた。


「それじゃちょいと、お借りしますよっと」


 秀晶の肩を掴み、ずるりと現れた黒い煙と闇に溶け込みながら消えた二人。

 それほど時間を経ることもなく帰ってきた秀晶は恭しく首を垂れ、大変失礼致しました、と上げた顔にはしたたかに打たれたであろう赤い頬があり、先ほどよりずっと表情がすっきりした佐助は渡すつもりであろう氷を挟んだ手拭いを手にその横に立っていた。


 佐助の本気にようやく反省し、ついにまともになった秀晶。
けれど残念ながら、痛みを感じているだろうその顔は本当に残念なくらい恍惚とした笑みであった。



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