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そんな出来事を経て、二人仲良くお手てを繋ぐなんて事態になったのだが佐助は言わずもがな、秀晶は全くと言っていいほどその状況を気にしていないらしい。
いつも通りフフンフフフンとご機嫌に鼻歌なんて歌っている。
やっと広間の近くまでたどり着き手を離す事ができてホッとする佐助は、残念そうに首を揺らす秀晶にここで待っててと念を押す。


「いい? 絶対動かないでよ? 動いたら承知しないよ」

「はい、承知しました」

「何ソレからかってんのぶっ飛ばすよ」

「おやおや、随分と物騒なことを言いますね」


んふふ、と口元を隠して目を細める秀晶に思いっきり嫌な顔をしてから広間の中、信玄の元へと向かう。
……動く気しかしなかった。



佐助が居なくなり、一人ぽつんと廊下に残された秀晶は最初のうちこそ動きはしなかった。
秀晶の性格上、待てる時間と段階には限界がある。
ただその場でのんびりと、地蔵のように待っていられるのが第一段階。
少し飽き始め、その場でゆらゆらと揺れだすのが第二段階。
そして完全に飽きて、ふらふら好きに動きまわり始めるのが第三段階。

もちろん、公式の場や自分で責任が負えないぐらいの大事になってしまう場合はちゃんと待つのだが、どうにもプライベートだと制御出来ない。
それに加え、何か新しい事が目の前で起きるとすぐにそちらに切り替わってしまうのだ。

佐助に待てと言われた今、秀晶の段階はまだ第一段階だった。
ちゃんと待っていたのだ、が。

ドン、と背中に何かがぶつかる感触と食器の揺れる音。
「きゃっ」という声。
振り返れば一人で、しかも年端の行かない女の子と呼べる人間が運ぶにしては多すぎる徳利を持った女中が、わてわてと体制を直していた。
秀晶を見るやいなや「もっ、申し訳ありません!」と平謝りする女中に、いえいえと首を振る。


「こちらこそ、邪魔な場所に立っていてすいませんね」


これは移動しなくては。
そうぼんやり思って、女中の持っていた膳をひょいと取り上げた。


「私も手伝いましょう。これはどこに運べば?」

「あ! いえ! 駄目です! 客人にお、お手間をかけさせるわけには…、」

「私も今日からあなたとほとんど同じ立場ですから、構わないはずですよ」


では行きましょうか場所はどこです?

片手で膳、もう片手で女中の手を引きながら、秀晶はその場から動き出した。


ちなみに言うと、佐助に動くなと言われていた事は忘れていなかった。

ただの故意犯なのだ。


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