■ 向かう道

 バツン、と己の中で何かが弾けた。
決して割れたりせぬように里で、掟で、無意識にすら深く刷り込まれ埋められたそれがついに露出して目の前に差し出された。
出口はここであると。いつまでそこにいるのかと。
これまで殻に響いて聞こえるだけだった世界から光が届いたのだ。

──そうだ。己はできない。

 あの子を殺すことができない。
裏切れないのだ、あの瞳を。

 いつも通りの片膝をついた姿勢から、いつも通り下げていた頭を上げる。
氏政の横に控えていた小姓が唇を引き結ぶ。風魔が顔を上げるなど、初めて見た光景だった。
表情を崩さず呼吸を抑えて小姓は氏政を見やる。小姓になってもう幾年も経つのだ、上がった心拍を気取らせるような粗相はしない。
しばらくヒリついた空気に満ちた後、想像していないほど軽やかにその息苦しさは終わった。
氏政の高く柔らかい笑い声が部屋に跳ねたからだ。

「そうかそうか、おぬしもそうか」

 ニコニコと好々爺然とした顔を綻ばせる氏政はそれ以上風魔に問うことはなく、さてそろそろ朝餉ぢゃな、などと手のひらを擦り合わせて心を躍らせている。
……試したな。そう風魔が兜の下で目を眇めているのはもちろん誰にも見られることはなく、風魔だけが知るところである。

 小姓が自然と詰めていた息を鼻で吐き出した頃、襖の向こうから衣擦れと足音、カコカコという漆塗りの食器の音が聞こえてきて部屋の前で止まる。
そして一呼吸置いた後に女中頭の呼びかける声が届いた。

「すえでございます。朝餉をお持ちいたしました」
「うむ。入るがよい」

 スゥ、と開いた襖から届く味噌の香りが氏政に届く頃には、すでに膳は目の前に運ばれていた。
小さな手によって。

「あさげを、おもちいたしまし、た」

 たどたどしく大人の言葉を真似たせいか、語尾が上がり疑問符でもついているかのようである。
そしてそれは自覚しているのか顔を上げども目が合わない子を見て、いっそう氏政の顔は綻ぶ。

「うむ! ではありがたくいただくぞい!」

 にへらと笑う顔は見れずとも、氏政の顔とここしばらくずっと見守り続けた子の後ろ姿を見れば簡単に想像できるものだ。
後ろに控えた風魔は、この場に満ちた空気を胸いっぱいに吸う。

 この顔は守らねばならない。
そばにいて、楽しみを、幸福を与えなければならない。
というより与えたいのだろう。

 誰も意識していなかったが、この日から氏政と風魔、才蔵の向かうべき道がしっかりと同じになった日だった。

[ prev / next ]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -