■ あの時と


 一方、同時刻。
氏政の部屋に風魔はいた。
もちろん部屋の主でもある氏政もいる。


「呼び立ててすまなんだな、風魔。朝イチの忙しい時に」

「……」


 イエ、とでもいうように首を振り、それで何の用だろうか、朝早くから自主的に女中の手伝いに行った才蔵のことなら己よりも翁の方が知っているふうだったはずだが? と小太郎は次の言葉を待つ。
随分前からこの二人の間で交わされたやり取りにはもちろん仕事や俸禄のこともあるが、才蔵が主語にあがるようになっていた。
それゆえに取り立てて外が燻っていない時にこう呼び出されて問われる事というと、才蔵のことだろうかと思うのが習慣になりつつあった。
そしてやはり、今回呼び出された内容も才蔵の事。
しかし、いつもとは全く違う事柄の。


「才蔵を、どう思う?」


 兜と、その下に張り付いた能面のそのまた最奥。
脳の深部ともいえるような場所がびくりと揺れた気がした。

 いつもと同じ、才蔵の事。
けれど含まれた感情は、猜疑心に近い、一歩踏み越えれば敵意。

 決して冗談ではないと分かる。
翁が、ましてやあの子供に対してそのような態度を、言葉を、軽い気持ちで言うはずがないのは知っている。


「さすがにワシの考えを完璧には予想はしとらんかったようぢゃの」


 無理もないわい、そう言いながらヒゲを撫でる。


「ワシとて国の主よ。情だけで政など動かせん。……たとえ幼子であろうとも、疑わしいものは疑う、当然よのぅ」


 きっぱりと放たれる言葉達に、小太郎は返すすべもなくいつもの通りだんまりを貫いていた。
氏政は雇い主、逆らう事など出来るはずもない。
離れた土地に捨てに行くと言われても、止めることは出来ない。
もし氏政が、あの子を、斬り捨てろというのなら、それに従うしかない。
もし、そうなったのなら。
せめて痛まぬよう。
心も体も痛まぬよう、せめて一瞬で絶命させてやるのが優しさなのだろうか。

 頭の中で、出会った時と同じ血溜まりの中に沈む才蔵を見た。



――おなじことを、己はできない。



 唐突に、そう悟った。



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