■ お幸さん

「これを?」

「こう」

「こう?」

「そうそう」


 洗濯板の使い方を教えてもらいながら、手を動かす。
ごりごり、ごりごり、と布をこすりついでに手も時々すりおろし洗濯する。
思いっきりごりっとおろした時だけは思わずもう片手で握り締めて悶絶して、ふぐぅう、と唸ってしまったけれど大目にみて欲しい。
ふーふーと赤くなった指を吹きながら周りを見ても皆ごしごし手際よく作業していて、情けない上に女中さん達に負けてはいられないと一所懸命手を動かした。

 そういえば厨から持ってきてた白い水で洗ってるんだけど、これなんなんだろう。
泡立つわけでもないから石鹸じゃなさそうだし、牛乳なわけないし、よく分からない。


「あの、」


 隣に居るいつも構ってくれる女中さんに話しかけようとして、ふと、名前を知らないことに気付いた。
たいてい女中さんの方から話しかけてくれるし――それにしたってここに来て半年近く経っているのに知らないのもどうかと思うけど――どうやら小太郎との言葉の無い会話が多いせいでコミュニケーション全てに影響が出ているらしい。
いろいろ小太郎の癖が移っちゃってるなぁ、なんて感慨にふけりながら呼ばれてこっちを見ていた女中さんに「えっと」と繋げる。


「おなまえ、なんですか」


 俺のその言葉に最初はきょとんとして、その次にくしゃっと笑う女中さん。
この人のこの笑い方が好きです。


「そういえば教えてなかったもんねぇ」

「うん」

「ゆきだよ、ゆき。幸せの字でゆき」

「ゆき」

「みんなお幸って呼ぶよ!」

「おゆきさん」

「はぁい」


 お幸さんのその返事の仕方がなんだか面白く、二人揃ってふふふと笑ってしまえば後ろに立っていた女中頭さんにこれまた二人してお尻を叩かれた。

 ……お尻は恥ずかしい。



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