■ 大人の話

「……寝たかの?」


少し身を乗り出し、己の腰と腹に寄りかかって眠る才蔵の顔を覗き込みながらそう言う翁に、こくりと頷き返事を返す。
くーくーと静かに寝息を立てる様は、やはり愛らしい。

効果音をつけるならば、てろーん、とでもつけられるだろう。

それほどまで疲れていたのだろうか。
たむたむ、さすさすと背中を叩き、擦ってやれば才蔵の顔がどんどん緩んでいくものだから、つられて己の目元も緩んでしまう。
あぁやっぱり、この子超和む。

なでなでと子供の頭を撫でる体格の良い、無表情で無口な忍に氏政も和んでいた事は、当の本人は知るよしもなく。
そしてニマニマと笑みを浮かべる氏政の後ろには、そんな三人を眺めて女将がゆるく笑んでいた。


「氏政様、この子はいくつになりまするか?」

「たしか七つ…と、言っとったかのぅ。初めて会ってから、今年の冬で一年になるか」


という事はもう八つかもしれんわい。
指を折々数える氏政は、歳を食えば食うほど時が流れるのが早いとつくづく感じていた。
つい最近、風魔が才蔵を拾ってきたように感じる。
けれど、その短く感じる月日は久し振りに充実した毎日だったと、そうも思っていた。

子供を育てるなど、実に何十年ぶりだろうか。

初めての子は大変だったが、慣れてくれば愛しさばかりが目立ち、悪さをされれば「可愛さ余って憎さ百倍」とでも言えるような、そんな毎日。
慌ただしくも楽しくてしょうがなかったあの頃を思い出す。


「ちょうど、この子くらいの時でござりましたなぁ…」


しんみりと、才蔵達を眺めていた女将がそう言う。
言わんとしている事を悟った氏政は、あの頃のもう一つの苦い思い出を思い出していた。


「あの時は、色々な柵ばかりぢゃったからのぅ」

「まだまだ、お側に居たかったのですけれど」

「今からでも遅くはなかろ?」

「お互い歳を取りましたゆえ。それに、梅はこのままで満足しておりまする」


離縁の後もこうして、会いに来て下さるではありませぬか。
そう言ってころころと笑う顔に現れる優しい笑い皺に、少し寂しげな色が見えたのは間違いではない。

けれど、それに氏政も笑みを返して、また才蔵の方へ顔を向ける。


「氏直も氏房も、直重、直定も元気にしておるわい」


ふ、と寝顔に笑いかけ、だらしなく垂れていた手を握った。


「今日は新しい子の紹介ぢゃ、黄梅院」


名を呼ばれ、一寸驚いた表情を浮かべたが、すぐにまたあの優しい皺が浮かんで。


「私達の歳じゃあ孫に近うござりますれば」


まだ夫婦だった時期を思い出しながら、くすぐったそうに溢した。




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