■ 頂きます

そんな小太郎の考えなど知るよしも無い才蔵は、ただ大きな手が自分の頭を撫でていく心地よさを享受していて。
危うく瞼が落ちる寸前までリラックスしてしまったものだから、慌ててしゃんと背を伸ばして女将と膳のある方を向いた。


「ほれ、早く食べるが良いわ」


既に貝のお吸い物を口にしているじぃちゃんを見て、俺も「いただきます」とぺちっと手を合わせ箸を握る。
この箸持ちにくいなぁ、なんて握り直していれば、横からじぃちゃんの熱い視線を浴びてコテリと首を傾げた。


「才蔵」

「あい」

「その“いただきます”とは何ぢゃ?」

「え?」


村の風習かのう? どういう意味ぢゃ?
そう言いながら今度はじぃちゃんが首を傾げ、分からないといったふうにする。

訳が分からず、じぃちゃん以外の小太郎や女将さんの表情を窺ってみるがどちらも「何を言っているのか分からない」というふうに首を傾げていたりしていて。
本当に分からないんだと気付いた。
今まで気付かなかったのは、食事は一人で食べる事が多かったからだろう。

村に居た頃は話にならない。
会話も無ければ、まともに食事が用意された事も無かった。
いつもあるのは父親と母親の二人ぶんしかなくて、食器も二つずつだけのがほとんどだったから、同じ場所で同じ食事をした事はほぼ無い。

それでも今思えば、ただ喋らないだけじゃなくて元々「いただきます」と言わないのかもしれない。


「えと、ごはんつくってくれたひとに、ありがとってゆーのと、んと……」

「うむ」

「さかなとか、おこめとかの、おいのちいただきますって、いういみ…? ……かも?」


……ごめん、俺も詳しくは分からないや。
ちっちゃい頃から親とかに言われて言うようになった訳だし、周りも言ってたから普通に言うもんなんだと思ってたんだけど、いざ今みたいに理由聞かれると分かんないなぁ。

ふむ…と考えだしたじぃちゃんに、言うんじゃなかったかなと若干後悔をし始めた頃、わしゃわしゃとじぃちゃんに頭を撫でられた。


「良い事を言うのぅ才蔵は!」


感謝の心を忘れぬとは!
と、手放しに笑いながらもっきゅもっきゅと頬っぺたを両手ではさむじぃちゃんに、俺は一瞬遅れてわてわてと慌てる。

一体何がじぃちゃんの琴線に触れたのか分かんないけど、ひたすらに今、俺は恥ずかしいです…。

だって、女将さんが凄い良い笑顔で見てるんだもの。


 

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