■ “一応”

食べにくいからという理由で脱がされて、女将の手により綺麗に畳まれた打ち掛けを横に置き、運ばれて来たお膳の数を数え、小太郎は首を傾げていた。
この場に居るのは、氏政と才蔵、女将、そして己のみだ。
だが運ばれて来た膳の数は三つ。
氏政と才蔵を数に入れて、一つ残ってしまう。

まさか女将がここで食べる訳もあるまいと思っていれば、ごく自然に一つのお膳が自分の前に置かれた。
あまりに自然に置かれたので、ぺこりと下げられた頭に思わずぺこりと返してしまった程だ。

普通、城主と共に食事をする者などほぼ居ない。
戦後の宴であったり、城主に招かれたうえでの会合の為だったりするならば別だが、それもやはり別の城の城主であったり、それなりの立場である者ばかりだ。

ましてや忍など、あり得ない。
忍とは道具であり人にあらず、というような呼び名と認識を自他共に認めているように、あくまで己達は道具の一つだ。

食事も腹が膨れて動ければ良い。
水も喉が潤えば良い。
服も仕事に見合えば良い。
名前という名前すらそれなりの強さを持たなければ、一生縁の無いまま終わる。
個体識別などあまり必要無い。

そんな忍が城主と共に食事をするなど、城主がよほどの物好きか忍が馬鹿なだけだ。
無論、己は氏政に給仕するつもりだった。
たまに誘われる事もあったが、全て断り続けてきた。
だが懲りずにまたやってくる辺りは、氏政の長所でもあり短所でもある所か。


「……」

「なんぢゃ風魔、文句があるんか」

「…(ハァ」


ため息を小さくつけば、隣に居た才蔵が心配そうに見上げてきたので頭を撫でておく。
風呂に入ったうえに櫛で梳かされた後、椿油でも使われたのか、いつも以上に柔らかく触り心地が良い。
いつもの髪も柔らかかったし綺麗な黒髪であったが、いかんせん櫛何も無かったからか地毛のクセっ毛も手伝い、少々ボサボサ頭だった。

おまけに才蔵がまともな風呂に入ったのは、城に来て以来初めてだ。
一応これまでも桶に水を入れて頭を洗い、七日に一回全身を洗う程度のものならしていたが、やはりそれとは格が違うだろう。
おかげで若干薄汚れていた肌は綺麗になり、自前の肌の白さを取り戻しているからなおさら見栄えが良い。

シャランと鳴る簪を見ながら、まさか女装させられるとは思っても見なかったろうにと、一応男である才蔵の心中を察してまた頭を撫でてやる。
「一応じゃない」と怒られそうだが。

 

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