■ 良いかな
俯いた俺の頭に触れる、慣れた感触。
くしゃりと髪をかき混ぜるような、そんなふうに触ってくる手に何だか違和感を感じて顔を上げれば、もっと驚く事が起きていた。
小太郎が、笑っているのだ。
一応これまでも小さく溢すような、一瞬の笑みなら見た事がある。
ふ、と笑ってくれた事ならある。
けれど今の小太郎が浮かべているような、満面の笑みは初めてだ。
いつもぎゅっと引き結んでいた口は大きく弧を描いていて、俺と似た尖った犬歯も見えている。
前髪で見にくいが目も細まっているし、おおよそ人が見せるだろう笑顔は出来ていた。
(だけど)
やっぱり、違うよ。
そういうんじゃないよ、小太郎。
そういうのは“笑ってる”んじゃないよ。
別に、無理してまで笑わなくて良いよ、そのままで良いよ。
俺はそのままで大好きだよ。
でも、そうしてくれた理由は、なんとなく分かっているんだ。
上手くは言えないけれど、きっと俺のためにしてくれたんでしょ?
珍しく俺にしては自分中心な考えなんだけど、そう思っても良いかな。
その“親心”ってのを信じてみても良いかな。
いつか、小太郎の事を「お父さん」って呼んでみたいって、願ってても良いかな。
俺も頑張るから。
小太郎が恥をかいたり文句言われないような、そんな子供になってみせるから。
もし小太郎が良いって言ってくれるなら、呼ばせて下さい。
「こた、」
なでなでと撫でてくれていた手をきゅむっと握り、小太郎の真似をしてこれでもかと口角を上げて笑う。
「ありがと」
目を瞑った瞬間、溜まっていた涙がぽろりと落ちた。
でも、悲しい訳じゃあないからね。
その後はまた来た道を下りて普通の道に出て、小太郎の背中から降りたじぃちゃんと手を繋ぎ、小太郎とも手を繋いで旅館へと戻る。
少し傾いた日差しの中、外で待っていてくれたらしい女将さんが、並んで歩いてくる俺達の姿を見て笑った。
「ずいぶんと遅うございましたなぁ…、夕餉なら既に用意出来ておりましたのに」
「そりゃすまんのぅ、冷えてしまったか」
「ふふ、冗談にござりまする。ついさきに出来たばかりでござりますれば」
ころころと鈴を転がしたような上品な笑い声をこぼす女将さんを見て、綺麗な人だというのもそうだが、じぃちゃんに冗談を言う人なんて初めて見たから思わずじぃちゃんと女将さんの顔を目で行ったり来たりしてしまう。
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