■ 嬉しくて



「よっ! よめる!」


何やら力んだ様子で自信満々に言う才蔵に、思わず頬が緩んでしまった。
しかも思い切り。

だがその緩んだ頬を元に戻さず、そのまま才蔵の頭に手を伸ばし、よしよしと撫でる。

そうすれば、才蔵の口がにんまりと弧を描き、嬉しそうな顔をするものだから。
こちらも頬だけでなく、目元さえ緩んでいってしまう。

ほんとに可愛いなぁこの子。
これ以上可愛い子は居ないだろうなぁ。
大きくなってもこのままで居てくれるだろうか。

そんなふうに切実に願い、考えながら頭を撫で続けていればいきなり引き締めた表情をするものだから、少しばかり肝を冷やした。

だが敵意も何も感じられず、どうしたのかと首を傾げた。


「おっ、おれねっ、あのねっ」


引き結んだ口を開き、手に握った和紙を握りしめ、強い目でこちらを見上げてくる。


「おとなになったら、こたろーみたいなかっこいーしのびになる!」


思考回路が、停止した。


「が…がんばる、よっ!」


先ほどより強く言い放たれた言葉に、脳の芯が、揺れる。今ほど自分が忍で良かったと、二つの意味で思った事は無い。

一つはあまり勧めたくはない職なのだが、自分に憧れを抱かれて、そのうえでなりたいと言ってくれるこの子供を見ていると、なんだか胸がむず痒くなってくすぐったい。

そんな忍である自分がひどく誇らしくてたまらない。

己が褒められるような事はしていないのは充分承知しているというのに、そう思ってしまうのだ。

もう一つの意味は、忍の修行で表情を自分の意思で抑える事が出来る事。

先ほど己は“笑う”という表情をしたはずだが、今もし本能の赴くままに表情を出したとしたら。

“笑う”とは似て非なる、何か別の、全く知らないモノが出てきそうだ。

それはとても忍にとってらしくない事であり、それはとても人らしい事でもある。

一体己はどちらを取れば良いのだろうか。


(でもまぁ、まず)


いつの間にか開いていた口を閉じ、慣れた手付きで才蔵の腹に手を回して城の頂上目指し飛び上がった。おそらく、いきなり城の頂上を目指した時点でだいぶ気が動転していたと思うのだが。

それでも予想に反して喜んでくれて良かった。

ぎゅむぎゅむと抱き付いてくる才蔵の背中を擦りながら、また一人笑みをこぼす。


(嬉しくてたまらない)


氏政に饅頭をもらった事を思い出し懐から取り出して、才蔵の目の前に出せば受け取りはするものの「良いの? 良いの?」と言うような顔でこちらと饅頭を交互に見てくるのでこっくり頷く。

すると笑顔になるのだから、子供というのは思ったより簡単な思考回路のようだ。


「こた、はんぶんこ」


ただその饅頭を半分に割って己に渡し、それでもなお笑う姿を見てやはり子供は分からないと思った。



……ちなみに、さすがに誰にも言わず一人で木登りした事に関しては危険なので、翁に報告したのは正しい事だったと思う。

だけど怒られている最中、半泣きの顔で恨みがましそうに才蔵に視線を送られた時は居たたまれなかった。


 

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