■ 綺麗な手
そうとなれば早く行動するに越した事は無いと屋根に飛び上がる。
地面を一蹴りして屋根の上に音も無く着地し、さて、どこから探すかと少しだけ考えあぐねていれば自分の名前をつたない喋り方で焦ったように呼ぶ声が聞こえた。
「こっ、こたろっ!!」
「………」
その声に聞き覚えがあり、声のした方角を見てみればあの子…才蔵が青い顔をして結構な高さの木のてっぺん付近に居て。
ああ、才蔵だ。
そう思い、さぁ才蔵を捜しに行こうと前を向いた。
(――…? 才、蔵…?)
違和感に気付き、慌ててまた木の方を向けば見間違いでもなんでもなく、才蔵がそこに居て。
なぜあんな所に、というか、あんな高さの木に登って落ちでもしたら…――。
「…ッ!」
もう少しで屋根の瓦が剥がれてしまうんじゃないかというぐらいの強さで、屋根を蹴り、才蔵の体を抱えて部屋の前に降り立つ。
出来るだけ優しく下ろし、パッと見、そんな怪我をしたような様子は無いが心配だったために呆けた様子の才蔵をこちらに向かせて手で怪我が無いか確認する。
ペタペタと体を触って、特に怪我が無いのに安心したのもつかの間。
ホッとして才蔵の柔らかい手を握ってみれば、ざらりとした感触がして擦り傷だらけの手のひらが目に入る。
衝撃で体が少し動かなかった。
何でこんな事をと、そのまま才蔵の手を握り締め目を合わせる。
才蔵は自分でも何をしたのかが分かっているらしく、目を合わせながらも首を引っ込め、気まずそうにしていて。
「っご…、ごめんな、さい」
眉を八の字にして今にも泣いてしまいそうな雰囲気にやりすぎたかとも思いつつ、素直に謝ってきた事に好印象を持ちながら既に濡れた手拭いを取り出し、傷のある手のひらから拭く。
ああ、傷一つ無かった綺麗な手が。
痛くないように優しく、丁寧に拭き、それを裏返してうっすら汗の滲んでいる顔を拭く。
もちもち、ふにふにと柔らかい子供の肌を強くし過ぎないように土なんかで汚れた頬を拭き、ついでに頭に葉っぱやクモの巣が付いているのも取ってやる。
何だか嬉しそうに目を閉じてされるがままになっている才蔵を見て、やはり才蔵が一番可愛いなどと思いながら拭き終わって手拭いをしまってうんうんと頷く。
よし、綺麗になった。
で、なぜ才蔵はあの木になんか登っていたのだろうか。
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