■ 才蔵ほど

小太郎side



(…不穏な動きは無し…か)


他国の城を木の上から眺め、これと言った動きが無いのを確信してキュンッと木の上から飛び立つ。

次々と枝に飛び移り、駆け抜け、氏政とあの子供…才蔵の待つ小田原へと己の出せる速さの限界で急ぐ。


妙に聡いあの子が、文字を知っていると知ったのはつい最近の事だ。

たしかに武家の子などは才蔵の年頃にはすでに文字や武道など、習い事は始めていて多少は出来るものだが、才蔵は農民の決して裕福、恵まれたとは言えない環境の子であったはずで。

そんな才蔵がいきなり“才蔵”と、そこそこ上手い部類に入る文字で書いたものだから驚いた。

どうやら翁も驚いたようで、なぜ書けるのかと質問したのはごく自然な事であったと思う。


…あんな顔をさせる気は全く無かったのだが。


あんなふうに困らせる気も青い顔をさせる気も無かったのだが、体を強ばらせる子供を見て、今この場に漂っている空気が怖いのだろうかとぼんやり思って、気が付く。

あの村でよく似た雰囲気なのではないだろうか、と。

だとすれば、この子にとっては思い出すのも辛い記憶を呼び覚ましている事になる。

なんとかしなければと方法を考えていると、そんな才蔵の様子に気付かないほど翁も鈍くはないらしく機転を利かせ、大丈夫だと言えば、安心したように、だが罪悪感溢れるような顔をする才蔵。

ごめんなさい、と、消え入りそうな声で謝ってくる子供を、慰める事もどうする事も出来なかった自分が情けない。


そんな事を考えながら走っていればいつの間にか小田原の城下町近くまで来ていて、ふと目に入ったものに釘付けになり思わず足を止めてしまう。


「おとー、つかれたー! だっこ!」


風車を持って、父親らしき男に両手を伸ばす子供。

年はちょうど才蔵と同じか少し下だろうか、体格はこの子供の方が良いが。

先を歩いていた父親がそれに気付き、戻ってきて子供を抱き上げる。

途端に笑顔になる子供を見て可愛らしいと思うようになったのも、最近の事だ。


(これも才蔵の影響だな)


止めていた足を動かし、また城へと急ぎながらそう思う。

あの子供が己に及ぼした影響は計り知れない。

だが嫌ではない。
むしろ今の方が気に入っている。


そしてどんなに可愛らしいと言われる子供や女も見ても、才蔵ほどではないと思うのは、ある意味才蔵の影響なのかもしれない。



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