■ 男・才蔵


枝の上にしゃがみ込んだまま目標の紙を見上げればまだまだ遠く、だが登れない位置でもない。

男・才蔵、根性見せる時が来ました。
…まぁ今の俺の場合、男の子になる訳なんだけど。

幹に片手を置いて支えにしながら立ち上がり、手頃な位置にある丈夫そうな枝を選んでぶら下がる。

幹に足をつけて上って枝に片足を掛け、そこからまた鉄棒のようにクルリと掛けた片足を軸に上がる。

そんな事を繰り返して段々と登っていく。

上の方の太い枝の中程に、お目当てのじぃちゃん直筆五十音表は時折カサカサと風に吹かれながら引っかかっていて。

それを何度も見上げながら「飛ぶなよ飛ぶなよ」念じつつ登り続けて、五分くらいだろうか。

やっとその枝まで辿り着いた。


「うあー」


疲れた。 ホントに。
怪我してからあまり運動してなかったから鈍ったんだ。

きっと十八歳の俺だったら二分で行けたのに。

そんな事を思いながら額に滲んだ汗を裾で拭って、木の皮や何かで茶色く汚れ、少し擦り剥けた自分の手をパンパンと払い、ラスボスの枝へと手を掛ける。

またよじよじとよじ登り、近くの枝を掴みながら引っかかっている紙との距離を縮めて行った。

じりじりと足元に気を配りつつ、そーっと紙へと手を伸ばす。


「ゔ〜」


と、届かない…!
たぶんあと一センチ、一センチなんだけど届かない。

クソッ、この短い手足がっ!

仕方なくもう一歩踏み出し、掴んでいる枝も離して己のバランス感覚のみを頼って再度手を伸ばす。

カサリと、紙が手に触れた。

それを一気に持ち上げ、すぐさま枝を掴んだ。


「とれた! かみ!!」


木の幹近くに戻り、座った俺は目の前につい先ほど取り戻した紙を広げ、紙が取れた事を宣言する。

特に何か破れる事も汚れる事もなく、元の綺麗なままの五十音表を眺め、にんまりと笑みを浮かべた。

もう絶対離さないからな。

ぎゅっと一度抱き締め、綺麗に折り畳んで懐へ突っ込む。

そして「さぁ降りよう」と下を見て、思わず固まった俺だった。

…高過ぎだろ、これは…。


「ぅおう…」


なんとも情けない声を漏らし、登る時より降りる方が怖いのだと初めて知った。

ああもうどうしようと頭を抱え、何気なく前を見れば、本日二度目だが固まる俺。


「おおおっ!!」


何コレ、超景色キレイ。



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