■ 知ってる
俺は風魔さんに連れられる以外に、自分の部屋の前と厠までしか行った事が無い。
単に一人で別の場所に行くと迷いそうっていうのもあるんだけど、慣れない人に会うのが怖いっていうのもある。
他の女中さん達の中に、俺の事が気持ち悪いって思ってる人が居るのを俺は知ってるし、武将さん達が俺をじぃちゃんとか他の人の稚児だとか、風魔さんの事も悪く言ってるのも知ってる。
だから、俺の部屋の前を大体決まった人しか来ないのも知ってる。
それなのに俺が勝手に出歩いたら、もっと二人に迷惑が掛かる事になる。
そんなのは、絶対、嫌。
「…っよし!」
大丈夫だ俺! 自分で出来る! 一人で出来るもん!!
そんな懐かしいフレーズを頭の中で叫び、再度紙の引っかかった木を見上げる。
勢いよくジャンプして、あの幹のデコボコに足を掛けられないものか。
たぶん、あそこに足を掛けられたら後は楽だと思う。
そこからまたジャンプして、少し細いけど一番低い木の枝に掴まって、それからはよじ登れば行ける気がするんだ。
一度近くまで寄ってペタペタと木の幹に触ってみるが、このくらいのデコボコで俺の足の大きさなら行ける気がする。
「…うん」
木をもう一度見上げ頷き、木から助走をつける為に距離をとる。
グッと足に力を入れ、息を吸って深呼吸した後、一気に走り出した。
目標のデコボコ目掛け飛び上がり、完璧に目指した位置に足を掛ける。
勢いがなくならないうちにそこを足場にしてジャンプし、あの一番低い枝へと掴まる。
これまた成功、かと思いきや掴まった瞬間ミシッと嫌な音が聞こえた。
急遽そこからよじ登る作戦を変更し、まだ残っていた勢いで逆上がりの要領で体を上に上げ、体を捻って掴んでいた枝の上に着地した。
やはりミシミシッと嫌な音を立てるものだから、枝の根元に亀裂が入りきる前にその枝を蹴り上げ、次の枝に飛び乗る。
蹴った瞬間完全に折れたらしく、ボキッと鈍い音を立て落下していく。
俺は枝の上から折れた枝が落下し、飛び出ていた木の根っこに当たってカランと音を立てるのを眺めていた。
「せ、せーふ…!」
ふはー、と息を吐いて肩の力を抜く。
村に居た頃に食料を得る為にした木登りや、狼から逃げ回ってついた脚力はまだ健在なようだ。
ナイス俺、グッジョブ俺。
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