■ 感覚的に
「あー…いー…うー…えー…」
天気の良い昼間、庭にうずくまり、一つずつ地面にガリガリとじぃちゃん直筆の五十音表を見ながら書いていく。
実はあれから三日経ったけれど本当に聞いてくる気が無いのか、いつも通りにしてる二人。
まぁたしかに聞かないでくれるのは凄くありがたいんだけど、やっぱりなんだか少し申し訳ない気持ちになる。
いつかちゃんと話したい。
本当は別の世界に居て、そこで暮らしてて、平々凡々ながらに幸せで、だけど死んでしまって。
そしてここに生まれて、本当は双子だったんだよとか、本当はあの両親に愛されてみたかったとか、風魔さんに初めて会った時とか、本当に色んな事を話したい。
でもそれを話すには俺の覚悟やら何やら色んな物が足らなくて。
それをキチンと自分でも理解して受け入れるにはまだ時間が足らなくて。
それでもいつか俺がちゃんとしっかりして、その事を笑いながら話せる日が来れば良いと思う。
というか、来るようにする。
(その為にはまず発声だな!)
新たな決意を胸に、両手にぐっと力を入れ意気込む。
その拍子に握っていた棒がバキッと折れた。
「たー、ちー…、つー、てー…とー」
新たな決意と新たな棒を手にした俺は、またもぞもぞと地面にミミズ文字を書き始める。
最初に言った通り、じぃちゃんが一人の時に暇だろうからとわざわざこの表を書いてくれたのだ。
かなり嬉しいです、じぃちゃん。 じじコンになっても良いですか。
その時に紙と硯、筆、墨を貰ったのだが、ぶっちゃけ使ってないです。
別に使いたくないって訳じゃなくて、俺なんかが使うのはもったいなさすぎて使えないのだ。
だってたしかまだこの時代じゃ、紙って凄い貴重品じゃなかったっけ。
そんなのをただの拾われっ子の俺が使うなんて、もったいなさすぎる。
それに俺、絶対間違えるしね、現にもうあ行だけで間違えてるし。
じぃちゃんが書いた字って時代もあるかもしんないんだけど、かなりの達筆です。
でもそれはきっと読める人には綺麗な字なんだと思うから、出来るだけ形を似せて書くようにしてる。
「にせてるんだけど…なぁ…」
なんなんだろう、この差は。
う〜んと唸りながら立ち上がって出来栄えを眺めていれば、ぶわりと風が吹いて何かが通り過ぎた感覚がする。
その感覚に後ろを振り返ってもやはり誰もいないが、感覚や匂いで誰か分かる。
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