■ いつかは
「あ…ぇと……その…」
一人ワタワタしていれば、落ち着かない俺では危ないと思ったらしく筆を取り上げられる。
たしかに俺落っことして畳にシミ作りそうだ。
っていうか今はそれどころではないだろうが、俺。
「才蔵や、どうして字が書けたのだ?」
「ぁ、う……ま、まえならった」
「誰に」
「っ……」
「才蔵、別に責めるつもりはないのぢゃ。 ただ農民の出のお主がなぜ字が書けるか、気になるだけよ」
答えてはくれんか。
一向に答えない俺に気を遣ったのか、優しくじぃちゃんが問いかけてくれる。
だがそう言われても、今の俺には答えられない質問で。
ただでさえ見た目が危ない子供なのに、頭も危ないとなったらさすがにドン引かれる気がする。
ここに居て良いと言われはしたが、やはり不安はなかなか消えない。
唯一、許してくれた人達だから、気持ち悪いとか思われたくない。
「才蔵」
「〜〜ッ」
そんな思いで口を閉ざしていれば、くるりと向きを変えられてじぃちゃんと正面でご対面状態になって。その時に目が合ってしまい、すぐさま目線を逸らした。
少し居心地の悪い沈黙が流れ、本気でどうしようと焦りだした頃、またじぃちゃんが俺を呼ぶ声が聞こえる。
「才蔵、話したくないなら、話さないで構わん」
話さなくて構わない。
その言葉に、いつの間にか俯いていた頭をバッと上げた。
そうすれば目の前には少し困ったように笑うじぃちゃんがいて、凄く申し訳なかった。
本当はちゃんと説明したいし、教えたいんだ。
だけど、それは常識では理解しえない事で。
「今は構わん。 いつか、決心がついたら話してくれぬか? ワシとて言いたくない事もあるからのぅ…、無理強いはせん」
ちょっと遠い目をした後、軽く目を伏せ、ポンポンと晃樹の頭に触れながら氏政は言う。
「いつか、話したくなったら話してはくれぬか」
その全てを見透かしたような問いに、晃樹はコクコクと小刻みに頷き氏政の着物に張り付いた。
いつか話すから。
いつか必ず、俺の事をきっちり話すから。
「ごめ…ん、なさい…」
横で心配そうに覗き込む風魔さんの袖も掴みながら、そう言う。
まだ俺は二人に好かれていたいんだ。
嫌われたくないんだ。
だから、ごめんなさい。
優しさに甘えます。
今は。
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