■ 遠慮する
いつも何か遠慮する。
いつも一歩下がる。
いつもどこかに線を引いている。
いつも顔色を伺っている。
いつも自分からは近付かない。
自分から近くまで近付いて来たのは、今回が初めてだ。
前は少し離れた距離からで、ある程度近付くとピタリと止まる。
そしてそこから動かない。
まるでそれ以上進んではいけないかのように、動かなくなるのだ。
だからいつもこちらから近付き、抱き上げたり何だりをしていた。
翁が言っていたが、撫でる時に手を伸ばすとジッと手を頭に置かれるまで見て、それからされるがままに撫でられるのだそうだ。
恐らく、何をする気なのか警戒しているのだろう。
殴られはしないか、叩かれはしないか。
もしそうならすぐに避けられるように、防げるように。
子供らしくあれる訳がないんだ。
きっと元居たあの村では、常に警戒しないといけなかったに違いない。
体にあった痣も擦り傷も。
小さな体にある小さな切り傷、火傷の痕も、やんちゃで済まされない傷痕ばかり。
常に周りを見て、気配に気を配って、警戒して。
そこで伸ばされた手に、撫でられた事はあったのだろうか。
優しく触れられた事はあったのだろうか。
普通の会話を交わした事があるのだろうか。
ましてや、“ここに居て良い”などと。
「……(フルフル)」
違う。
違う、そうじゃない。
要らない訳がない。
そんな事など一度たりとも思った事は無い。
伝わって欲しいのに、目の前の子供もフルフルと細い首を振る。
「ぇんりょしなくてへーき、ふーましゃんもじーちゃも、わるくない。 おれがわるい、おれだめ」
「……っ(フルフル)」
違う、違う。
長く生きてきて、今日ほど自分の喉が使い物にならない事を悔やんだ日はない。
声が出れば伝えられる。
言えるのに、目の前に居るのに。
「だいじょぶ、おれがだめだからわるいの。 も、へーきだから、ぃっぱい、やさしかったから」
どこがだ、まだ何もしていない。
どこも悪くない、駄目じゃない。
「だからね、もーめーわくやだから、へーきだからね」
「何が平気だと言うんぢゃ、才蔵」
[
prev /
next ]