垣一、過去捏造




















大きな瞳が涙をこぼし、細い喉が甲高い声をあげ、小さな指先が自らの身体の傷を抉っている光景を鮮明に覚えている。我慢の限界を超えて錆び付いた頭のネジが、ひどく歪な音をたてていた。殺して、死なせて、と。言葉だと認識できるのはそれぐらいのものだった。
それを目にした垣根帝督はただただ恐怖した。
そして、唯一自分を凌ぐ白い化け物を殺してやろうと小さく手を握りしめていた。


数年が過ぎてもなおそこにいたのは、やはり垣根が越えることのできない壁。
傷付きながら去勢を張る最強という肩書き。
「研究所、移るんだってな、第一位」
「ただ別の奴の管理下に置かれるってだけで何も変わらねェよ」
名前も知らない白い化け物は飄々と答える。掴みどころのない渡り鳥のような彼は、すぐに次の場所へと飛んでいってしまう。
「いなくなる前にさ、ちょっと俺に殺されてくれねえか?」
垣根は言う。下剋上を狙いたいわけではない。ただ純粋に、一方通行を殺してやりたいのだ。
「付き合えよ」
一方通行は無言で演習室へと向かう。


学園都市の内部で超能力者に逆らえる者はそういない。それは研究所内も例外ではなく、重要なデータや機材を除く全ての設備は一方通行や垣根帝督であればほとんど好き勝手に使えてしまう。
「よーい、」
垣根が両腕を高く上げ、掌を向かい合わせる。そして、それを勢いよく叩く。
「どんっ!!」
その瞬間、垣根は肉眼で追える速度を超えた。空気を切る特殊な音が演習室の中で何度も鳴る。何度も何度も何度も。一方通行の首を切り落とすタイミングを見計らっている。
そして。
一方通行の後ろから一撃で仕留めるべく正確に向かう殺意の刃が勝利を確信した瞬間、赤い瞳が目には見えないはずの垣根の視線を捉えた。
ほんの一瞬だった。
何が起こったのか、垣根には分からなかった。ただ、口の中にはぬるっとした鉄の味が広がっていて自分は演習室の床に寝転がっている。
負けた。
本気の殺意さえ、首を傾げただけで砕かれてしまった。
「満足かよ、第二位」
一方通行がつまらなそうに呟いて演習室を出て行った。あんなに落としたかった首が、へし折りたかった骨が、ぶちまけたかった臓物が、止めたかった息の根が、どこかへと消えてしまった。
「俺が、殺してやりたかった、のに、な…」
死にたがっていた一方通行を楽にしてやりたかったのに、完全に力不足だった。自分ではどうにもできないほど高い壁が、今回もやはり越えられずに立ちはだかっていた。
一方通行が研究所を移っても、絶対に幸せになんかなれるはずがない。今より設備がいい、資金もたくさんある、優秀な研究者がいる、そんなのは全て『弄ぶ側』の都合だ。一方通行を、ただのモルモットにしか感じていない奴の言い草だ。だから、一方通行は、殺して欲しい…死にたい…と震えながらに助けを求めた。それを知っていて、互角に渡り合う可能性のある垣根が、殺してやりたかった。しかし、だめだった。
「あーあ………くそ、手加減もしやがらねえ…嫌味かよ……」
笑うつもりはなかったのに、口元にはなぜか笑みが浮かんでいた。


20180609SAT


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