垣一、R-18、またしても薄暗い




















垣根帝督は自分の感情に名前を付けられずにいた。なにも、感じたことにいちいち名前を振り当てていたわけではないが、思考のほとんどを奪っていく感情が正体不明となると、それが不快感を与えて悪循環するだけだ。そんなことをしているうちに、あることに気が付いた。この感情は一方通行が絡むと増大する。小さな発見は解決の糸口かもしれないし、はたまた逆効果かもしれない。どっちにしても今の垣根はそこにすがることをしなかった。代わりに一方通行を徹底的に痛めつけようとしたのだ。身体的にも精神的にも。そして考え付いた行動が、これだった。
「オイ、ついにぶっ壊れたのかよ、垣根くン?」
「黙ってろ。自分が今からされること分かんねえのか?」
「……普通に考えたら、あンまり良くないコトだな」
「いやいや、気持ちいいコトしてやるよ」
両手を後ろ手に縛られて上着の大きくめくられた状況でも一方通行は冷静だった。諦めているのではなく、見透かしたような瞳にジロリと睨まれても垣根は黙ったままズボンのベルトを引き抜く。上から下までどこを見ても真っ白な肌に指を滑らせて、下着の中に手を入れたところでよくやく一方通行は口を開いた。
「正直、引くぞテメェ…」
「じゃあ抵抗のひとつでもしたらどうだ?」
聞く耳を一切持とうとしない垣根はそのまま指を動かす。肉の薄い一方通行の尻を撫でて更に奥にある穴へと指をあてがった。
「………ンっ…」
さすがに抑えられないといった感じで思わず漏れた声に垣根は苛立った。それでも指を止めようとは思わない。濡らしていないアナルに強引に指を押し込むと一方通行は更に声をあげた。苦痛を訴えるそれに垣根の口元が不気味に歪む。一方通行が嫌がれば嫌がるほど、苦しめば苦しむほど、原因不明の不快感が和らぐと信じているからだ。現実には真逆だということにも気付いていながら。
「痛いか、一方通行?」
「ったりめェだ、分かってんならやめろ…!」
「まだまだだ、」
やはり垣根はまともに取り合わない。それどころか、逆の手で一方通行の陰部を刺激する始末である。痛みとも快感とも取れる力加減で根元を締め付けて、
「もっと、気持ちよくしてやるよ第一位」




一方通行は両手を解放されても動けなかった。今までにないくらい汗をかいて、ベッドの上から天井を見上げるが何もない。その何もない天井をただ眺めていた。横を向けば自分をこんな目に遭わせた張本人が背中を向けているが何かをしようという気が起きなかった。もうそれだけの気力も体力も残っていないのだ。不意に重かった沈黙が破られる。
「俺はお前を許さない、絶対にだ」
それは悪意のない宣告。垣根は身体を動かさないまま、そうか、とだけ呟いた。一方通行は続ける。
「だから、殺す」
無機質な言葉の中に、やはり悪意はない。暗部に属する人間として直感でおかしいと思った垣根はベッドに寝ている一方通行に目をやった。さっきまで寝ていたはずの一方通行は起き上がり天井に向けていた視線は垣根を捕らえている。毛布を羽織っているが、肩や胸は露わになっていて特に気にする様子もない。ただ、感情の読めない瞳を垣根に向けているだけだ。

「ただし、利用価値のある人間は生かしといてやる」

一方通行の話はこうだった。自分にとって利益となる人間はいくら憎くても殺さない。そして垣根がが自分の利益となり得るのは、学園都市で二番目に強大な能力を自分のために使用することのみ。つまり、自分を守ることだと。それが嫌なら命はないのだと、そういう内容だった。
「…っざけんな!誰がお前なんかっ…」
「じゃあ、死ね。第二位が第一位に逆らえば結果は…分かるよな?」
それは単なる序列の話ではなく、体験からなる確証だ。既に一方通行は垣根帝督に勝利している。それも、言い訳ができないほど圧倒的に。つまりそれは、この提案を拒否するという選択肢を垣根から奪い取っていた。
「頑張れよ。文字通り、死ぬ気で」
そこで一方通行は黙った。そして、笑った。楽しそうな、退屈そうな、乾いた笑みを隠すように不健康に白い背中を向ける。垣根はそれを見て目を細める。睨んでいるわけではない。微笑んでいるわけでもない。ただ、目を細める。
「余談だ。聞き流してていい。…守る、ってのはな、無意識のうちに相手を大切に思っちまうことなンだよ」
垣根に向けた言葉、しかし垣根は何を意味しているのかが理解できなかった。殺される代わりに守れと言った同じ口から出てきた言葉だと思ったら尚更だ。一方通行はそれで当然というようにスラスラと続きを語る。

「だから、いつか俺に対して特別な感情を抱いても、それは仕方ねェと思うンだ、俺はな」

それは、自分の強制したことだから垣根に非はないと言っていた。一方通行は始めに垣根が腕を拘束したあたりから気付いていたのだ、その行動の意味するところを。垣根が正体不明だと思っている感情は実はかなりシンプルだ。それはある種の欲求で、普通なら簡単に表に出てくる。例えば、無意識のうちに目で追っていたり、積極的に声をかけたり。もしくは、頭を撫でたり、抱きしめたり。自然と欲求を満たすことで、人はそれを幸せだと感じたりするのだ。しかし垣根はそれをしない。だから、溜まりに溜まった欲求は不快感になる。そんなことが長く続くわけなどなく、今回のように歪(いびつ)な形で表れたりするのだ。そうならないための行動を取ろうとしない垣根には、逃げ道が必要だ。その逃げ道を、一方通行は用意した。ただ用意しても垣根は素直に受け入れないだろうから、最初から回避などできないと思わせるように細工をして。




生きるために『仕方なく』従い、そのせいで『無意識のうちに』大切だと思ってしまったのだと。




それは自分の非ではないから『抗えなかった』のだと。




垣根は一方通行の背中を後ろから抱き締めた。その手に優しさは込められていない。込めるだけの余裕がない。ただ認めたくない感情が名前を持たないまま胸の中でくすぶっている。




20110831WED


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