上一、Last Dateの続き
暗いし報われない



















「ナメてンのか、あの三下っ…!」
一方通行は携帯電話を片手に怒りに震えていた。昨日ちゃんと約束したはずだ。自分が連絡するから、返事をして待ち合わせをしてデートをして…にも関わらず返信が来ないというのはどういうことなのか。苛立ちながら時計を何度も確認するが、確かに1日後の7月20日、午前10時だ。携帯電話を開いては閉じて開いて閉じて…部屋の中に神経質な音が響く。メールは既に5通ほど送ったし、電話だって8回もした。それなのに、どうして――考え続けるのも惨めなので、一方通行は上条の学生寮まで行くことにした。能力を使えば一瞬なのだが、なぜかこの日は自分の足で真夏の炎天下の中を歩いた。




ピンポーン、と、呼び鈴と一緒に口に出してみる。誰かが出てくる気配はない。続いて2回、3回…やはり、誰も出てこないし、周りの部屋からも生活音すらしなかった。おかしい、そろそろ夏休みが始まるはずなのに…そう考えてはっとする。もしかしたら、上条は補習に行っているのではないだろうか。周りの奴らもそうなのか、部活か何かか。しかし、そんなことはどうでもいい。
(補習となれば、帰りは夕方か…)
それまでどこで時間を潰そうか、会ったら最初は殴ろうか蹴ろうか、平凡なことを考えていたら忘れていた。自分にも予定があったことを。


「実験開始まで時間がありませんがそちらに歩いて行って間に合いますか、とミサカは確認をとります」


まるで感情のこもっていない声を聞いた。今の今まで忘れていた自分の間抜けさに脱力しそうになった。そんなことを許さないかのように、霞んでいる茶色の瞳が華奢な少年の背中を見つめる。一方通行は彼女には絶対に見えないように唇を噛み締めた。




終わった。
何もかも当初の予定通りに目の前は血の海になった。これだけの惨状で自分は一切汚れていないのは、彼の能力がなければありえない状況だ。細い路地裏から切り取られた空を見上げる。日はだいぶ傾いてしまっていてオレンジから濃紺に変わろうとしていた。もう7時は過ぎてしまっただろう。時計を見たわけではないが、ぼんやりとそう思った。そして、約束をしたはずだった少年のことを思い出す。
「…クソッ……!」
こんな日に、こんな自分が、会っていいわけなどない。むしろ今までのほうが脳天気すぎたのだ。自分のこんな凶悪な姿を隠して笑いかけてもらうなんて許されるはずがない。もう絶対に連絡はしないと決めて、携帯電話アドレス帳からも履歴からも完全に上条当麻の名前は削除した。




絶対能力者進化計画の研究所はいつ来ても目まぐるしく人間が働いていた。端から見れば生真面目この上ないのだが、ここは他人に押し付ける殺人計画を練る場所でしかない。一方通行は研究所は嫌いだが、ここは特に嫌いだった。待遇はいい、不自由することなど何もない。しかし、そういうことではないのだ。研究者はそれを分かっているのかいないのか、今日も事務的な声で告げる。
「詳しくはプリントを見てくれれば分かるが、今回の利用地形は絶対座標でX-228561、Y-568714。開始時刻は8時30分ジャストで使用検体は――」
「場所と時間さえ分かればいい」
言葉を遮って外へと歩く。一刻も早くこんな場所から離れたかった。




『奇跡なンざ、起きるわきゃねェだろ、あァ!』


そうだ、今までだって1度もそんな試しはなかっただろ。期待なんて、するだけ無駄だ。
だから、忘れてしまえ。
優しく触れられた感覚も、かけられた言葉も、与えられたら全ての記憶も。


『ぐちゃぐちゃ言ってねえで離れろっつってんだろ、三下!!』


泣き出すかと思った。いっそ泣き出したほうが楽だとも思った。ただ、これはある意味いい転機なのだ。上条は一方通行のことをすっかり忘れているようだった。ならば、自分も忘れてしまえばいい。それで、何もなかったことになる。なんなら殺してしまってもいい。


『オマエ、何なンだよ』


だけど、断言してもいい。絶対に上条を殺すことなんかできない。右手の力があるからではなく、ただの個人的な感情が理由なのだが、これだけは曲がらないだろう。自分のことを忘れた上条当麻は御坂美琴や妹達の『敵』を倒しに来た。滑稽だ。自分だけがこんなに相手を好いていることが、惨めだし哀れだし苦しかった。だけど好きなのだ。口に出したことはないが、本当に好きだ。好きだった。こんなに後悔したことが自分にはあっただろうか。


『カミサマ気取りですか、』


一方通行は邪悪な笑みを貼り付けて、上条には向けたこともないような声を発した。


『笑えねェ』




20111115TUE


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