14.甘美で苦渋、繊細な眼差し
毎日がクリスマスなら誰も涙を流さないのに、と誰かが言っていた気がするときらは思い出した。

彼女の目に写っているのはヴァリアー邸よりも大きなツリーで、てっぺんに輝くのは眩しい大きな星だ。
玄関の扉にも飾られた大きなリースは浮き輪程の大きさだろう。赤色、金色、白、緑、この4色がボンゴレ邸を埋めている。
使用人は頬を赤く染め、客人を持て成そうと忙しなく歩いている。そんな彼らの胸元にだって、クリスマスに纏わる様々なモチーフのブローチがあるのだ。
長い階段の手すりにはオーナメントがついたもみの木の枝が添えられ、窓にはサンタクロースの贈り物を待つ靴下が垂れていた。
きらは初めて見る欧米圏のクリスマスに目が追いつかない。
装飾だけでなく、今度は広間から古き良き、往年のクリスマスソングが彼女の耳に届く。オーケストラをバックに歌っている女性は赤色のマーメイドドレスを着て、真っ赤な口紅をひいていた。


きらには世界が輝いている様に見えた。
この世の全ての幸せと喜びがここに詰まっている気がしたのである。
天使が空からきらきらとした粉を落としていて、その粉でよりこの世界が輝いているのではないかと思う程だったし、ここにいるだけで祝福されている様な気持ちになった。

「すごく華やかでしょう?」

「とっても!」

ルッスーリアの言葉にきらは明るく返事をした。
ザンザスとの一件で心が折れ、今日のパーティーのみならず婚姻の辞退を申し込んだらどうしようかと毎日不安でならなかったのだ。

だが今目の前にいるきらの瞳はらんらんと輝いている。イタリアに来てから1番笑顔が明るいかもしれないわね、とルッスーリアは人知れず微笑んだ。
本人は自分だけがおとぎ話の世界へ入り込んでしまったと思う程に感動しているのだから。
勿論、その様子はザンザスにも見えていた。
婚約者同士にしては近くない距離であったが、赤の光沢が艶めくオーナメントボールに触れる彼女の元にこの世の灯りが集まっている様な気がしてならない。
きらは彼が勧めたドレスを着ている。背中にあしらわれた細かなレース、くびれを魅せる様に結ばれたリボン。そういえば前の小さな懇親会も緑だったなと思い出す。悪くない、大輪の花のような華やかさはないけれども。それがザンザスの感想だった。

ザンザスの赤い瞳に小さな炎が点り始めたが、2人はこの日までに仲を深めたとは言えない。パーティー会場の温度と全く合っていない2人である。クリスマスを間もなく控えたこの会場で、誰もが胸を躍らせていたにも関わらなのだ。
幸運なことにその事実は参加客には見て取れない。華やかなスーツやドレスを纏った客達が、ザンザスときらへ笑顔で挨拶しにくる。
出来る限り婚約者としてそばに居るようにと9代目に言われていたきらはその通りに、ザンザスの側で背筋を伸ばして立っていた。そしてルッスーリアの言葉を反芻した。

『ボスっていい男だから、ダンスに誘われちゃうのよ。でも、きらがいれば大丈夫』

きらは私が居たところで抑止力になるのか疑問だし、ザンザスが嫌がるかもしれないと思ったがその心配は直ぐに無くなった。

ザンザスは熱に浮かされた客達と打って変わって、淡々と挨拶を返していたからだ。談笑もせずに、事務的に感情など見えやしないくらいである。
招待状か何かで事前に婚約者の発表があると聞かされていたのだろう、多くの参加客はきらが婚約者であるとわかっていた。お祝いの言葉を述べられてもザンザスは顔色一つ変えず返事をするだけだ。
参加客に寄るが、隣にいるきらの瞳を見つめ、あるものは手の甲に口づけをしたりと、多くの人間が挨拶をしてきた。

「可愛らしい婚約者ね」

「素敵なドレスよ」

「お二人ともお似合いです」

言葉をかけられる度にきらは微笑んでいた。ザンザスの隣に立つ無垢な婚約者も会場の熱に浮かされていたが、彼に影響されるかのように少しばかり熱が落ち着いてくる。
そして、ルッスーリアが密かに恐れていた事がきらの中で芽吹き始めた。この会場の中で一番寂しそうなのって実は私達なのかもと思ってしまったのだ。

輝くクリスマスツリーの影は寂しいものかもしれない。その影に引き込まれそうになりながらも挨拶に応えていたら次第に人が疎らになり、気付けば既にダンスが始まっていた。ああだからかと思ったきらに対してザンザスはやっと解放されたと言わんばかりの顔をしている。

かしこまったワルツを踊っているというよりも、各々が曲に合わせて楽しそうに踊っている。それこそ、ワイングラスを持ったままリズムに乗っている者もいるくらいだ。
色鮮やかなドレスが舞い、きらの視界を独り占めにし再びクリスマスの魔法の粉が彼女を取り込む。自分もこのきらきらとした世界に飛び込みたい!と思うも、ここで踊る自信がないきらは羨ましそうにダンスを眺めるだけだ。

「踊ったことあんのか」

「えっ?私ですか?」

「他に誰がいんだよ」

深緑のスーツに黒いネクタイを合わせたザンザスは隣で腕を組んでいた。
そういえば洋服のお色を合わせるなんて流石です!と言った男がいたが、ザンザスは至極どうでも良さそうだったし、きらもそれを言われるまで気付かなかった。

「この間ルッスーリアに教わったのが初めてでした」

「そうか」

目の前を歩いてきたボーイからザンザスはウィスキーを取る。会話は広がることもなく、
暖かさで溢れるクリスマスソングの温度には程遠い。

いつか、あんな風にザンザスと私は手を取り合い踊れるのだろうかときらは考え始めた。自分の目の前で踊っているカップルは、
慈しむ様な眼差しを互いに向けあっており愛し合っているというのがわかる。おとぎ話から出てきた王子様とお姫様はきっとこんな感じなのかもしれない。
そんな2人とは対照的にザンザスとは壁の近くに立っていて、まるで壁の花だった。
それでもきらはまだお互いの事知らないからかな、と自分を少し慰めた。

広間の中央奥に立つ歌手の歌声にどんどん熱がこもっていき、参加客も呼応するかのように盛り上がっていく。

その様子をじっと眺めているきらは何を考えているのか、ザンザスにはさっぱりわからなかった。
けれどもザンザスはわかっていたのだ。
こんなにも一人の女を深く思う自分を認めざるおえない程に、きらに対する気持ちはザンザスの中で大きくなっていた事を。

すると突然、彼の思いびとであるきらの顔がぱぁっと明るく輝いた。
何事かと思い視線を移すと、深い青色のドレスの裾が全円状に広がっている。ああ、パートナーの男が女のドレスが広がる様に回したのかと納得した。クリスマスの魔法にかかっているきらは幸せそうだ。抱きしめたら、ぽかぽかと温まるだろう。そうザンザスに思わせる程にきらは幸せそうに笑っている。

この目の前で幸せそうに踊るカップルの様にとはいかなくても、自分が誘ったらきらは手を取って踊ってくれるだろうかとザンザスは考えた。
下手だからと断るだろうか、それとも謙遜しながらも応じてくれるだろうか。
もし、喜んで応じてくれたなら楽しそうに笑ってくれるだろうか。
自分には見せた事の無い様な笑顔で。きっとすごく幸せそうな笑顔を見せて、幸せがたっぷりとつまった瞳で自分を見つめてくれるかもしれない。

ザンザスは不思議とそんな気がしていた。
思い過ごしかもしれない。けれども、その様子が酷く鮮明に頭の中で浮かんでいた。きっとそんな瞳で見つめられたら自分の瞳も溶けてしまうんじゃないか、とザンザスは蜂蜜色の気持ちになっていく。ああ、おかしい。一体何が自分をここまできらに温かな気持ちを寄せさせているのだ。
その映像が彼の中で何度も繰り返され、声をかけようとするも、その度にウィスキーを喉へ流し込み終わってしまうだけだった。


「ボスさんよぉ、大顧客だ」

スクアーロの後ろに居たのはヴァリアーを懇意してくれている小さなファミリーのドンだった。ザンザスが久しぶりに感じた蜂蜜色の気持ちに浸る暇はない。

「ここから離れないで待ってろ」

彼は人差し指できらに命じ、そのドンに挨拶をし流れに乗る様に談笑が始まった。といっても笑顔を称えているのは先方のドンだけであるが。
スクアーロは永遠の命を意味する緑のドレスに身を包んだ婚約者を時折確認しながら、ザンザスの側で控えた。あとでケーキでも食わしてやろうと考えながら。
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