10年後バズーカーがなまえに当たってしまったのは完全に事故だった。起きてはなり得ない事故で、ルッスーリアはあの時ほど心臓が冷えたことはないと言っていた。
煙が捌けるのが遅い。こんなにも遅いのか、時の流れが狂ってしまう機能をあの技術者はつけてしまったのか、とベルは苛立ったている。まだ年若い世間を知らない技術者は尻餅をついたまま自身の技術の行末を見守るも、その煙中から出てきた者によっては彼は許されない。

「・・・あの、奥様は・・・」

うら若き技術者は茫然としている。
いたはずのなまえがいない。未来から入れ替わる筈のなまえもいない。ただの失敗か、と技術者は思った。思ったがルッスーリア達は目を背けたくなる現実を突きつけられてしまったのだ。ザンザスの開かれていた手は強く握りしめられ、今にも怒りの鉄槌を振りかざしかねない。

「ちょっと!!どういう設計なの?!」

ルッスーリアはサングラスを指であげ、心の中でうめき立つ感情を抑える。わざとらしくヒステリックに声をあげ、ザンザスの心情の変化をこの若い技術者に気付かせまいとした。

「いや、たぶん、これはミスなんかじゃ」

「はあ?完璧だって言いてーのかよ」

ベルは技術者の胸ぐらを掴み、そのまま部屋の外へと投げ飛ばしその身体を追いかけた。

「・・・ボス」

「出ていけ」

そして、ルッスーリアも静かにザンザスの言葉通りに部屋を出て深呼吸をし誰一人いない、血痕がわずかに残る廊下に佇んだ。
あのバズーカーが設計ミスであったらどれほど良かったのだろうか。
煙に包まれて中から出てきたなまえが、少しだけ歳を重ねた彼女であれば、どれほど幸せだったのか、と想像しルッスーリアは涙し、部屋の中一人残るザンザスを思い、未来に飛んだなまえの無事を祈った。

同じくして、10年後のヴァリアー邸に日頃見かけぬ煙が沸き起こっていた。誰も入れ替わっていないのに何故、と緊張が走るも煙の中から現れたのはまだ元気な、愛おしい愛おしい、ザンザスの最愛の妻である。

「・・・なまえ」

とっくに失った二度と会うのことのない筈の妻が10年前からやってきた。少しばかり皺の増えた見ぬことのない夫は目を丸くし、狐に摘まれたような顔をしている。ああ、やはり自分は死んでいるのだとなまえは悟ってしまい、涙がこぼれ落ちた。

「泣くななまえ」

ザンザスはまだ若い妻を腕に抱き込んで慰める。頬に滑り落ちる涙を拭い、笑え、と自身の母語で言った。なまえは頑張って口角を上げるもうまく笑えない。

「10分しかない」

「うん、うん」

「体調は悪くないのか」

「大丈夫。ザンザスも元気そう。良い年の重ね方してるのね」

腕の中に抱きしめられているなまえは細い涙を何度も手で拭い、瞬きを繰り返した。
自身を見つめる夫の眼差しは変わらず力強い。精悍な顔つき、眉間に刻まれた皺が彼のいつもの顔の動きを物語っている。燃え上がらんばかりの瞳は穏やかに揺らめき、暖かなもので詰まった赤い瞳がなまえを愛でている。愛おしい者を見つめる眼差しだ。

「子供たちは元気?」

「ああ」

「みんなも?」

「ああ」

「・・・よかった」

なまえの手がザンザスの頬に添えられる。彼もその手に自身の手を重ね、その感覚を焼き付けようとした。ああ、愛おしい。何度も夢に見た愛する妻だ。

「なまえ、笑ってくれ」

「・・・きれい?」

ほんとうはきっとおかしな顔をしているだろう。懸命に涙を堪えようとしているのだから。

「お前以外に綺麗な女を俺は知らない」

悲しみを堪えるような小さな笑顔をザンザスは浮かべる。それでもなまえはこんな風に笑えるのね、と優しく笑い彼の頬に口づけをした。嘘なんかじゃない。彼の胸に中にあり続ける麗しい妻だ。記憶と遜色ない、美しい妻だ。そして、ああ、幸せな夢を見ているのかもしれない、とザンザスは思った。夢なら醒めないでほしい。ずっと、このまま愛するなまえを腕の中に閉じ込めて伝えれなかった愛の言葉を伝えたいと。
でも、時間は非常なものである。なまえは彼の頬を両手で挟み込み、彼へ愛の言葉を紡ぐことにした。愛する夫が寂しい思いをしないように。

「ザンザス、私たちまた一緒になるからね。あなたが逃げても私はあなたを探す。忘れないで、愛してるわ。ずっと、誰よりも」

「・・・ああ」

喉が詰まりそうになった。時間をかけて落ち着かせた筈の気持ちが心臓の底で揺れ始めているのだ。愛する妻が、運命の悪戯で10年前から訪れ春の日差しを持って腕の中にやってきた事実に動揺せずにいられようか。

「愛してる」

「私もずっと愛してる」

白い煙がなまえの足元を包み込み始めた。
全てが彼女をつつみこむまで、ザンザスは彼女から目を逸らさない。なまえも煙で全てを覆われるまで、愛おしい夫の赤く暖かな炎で満ちた瞳を見つめるばかりだ。
じわじわと、煙が彼女を攫おうと大きく濃くなって、幸福な時間の終焉を知らせる。ぎゅっと強く互いに抱きしめ合い、別れを惜しんだ。別れを惜しみ、煙がなまえの頭まで被った頃に魔法は溶けてしまった。

両手を握りしめ、ザンザスは瞳を瞑る。今の自分にとっては夢のような時間であったが、10年前の自分にとっては業火に焼かれる程に辛い時間だっただろう、と見えぬ過去の自分を思った。そして、なまえがその業火を鎮めようと過去に戻りたい気持ちで急いている事も気づいていたのだ。

ああ、なまえ。
愛おしく麗しい妻よ。

永遠に眠る春のひだまりを捕まえるにはまだ時間がかかるらしい。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -