「ふざけたこと言わないで!!!」
なまえの笑っていった冗談はルッスーリアにとって耐え難いものだった。死にゆく病だと知った彼女がぽろり、とこぼした自虐的な言葉に対しての怒りは凄まじくなまえは驚き言葉を失った。
「私はあなたと歳を取っていきたいの!!何度だってあなたの誕生日お祝いしたいし、何度だって一緒にあなたの子供の誕生日をお祝いしたいし、私の話を聞いてほしいのよ!それに、あなた以外に、誰がボスの妻を務めれるの?!」
ルッスーリアの肩が震えている。なまえの瞳はじわじわと涙で濡れ始め、わずかに溢れ始めた涙が睫毛を濡らしていくばかりだ。
事の発端はなまえが『早く死んだら綺麗な姿でコレクションになれるわね』と笑っていったことだった。当の本人ははじめ、彼の事を傷つけてしまったかもしれない、と思ったがそうではない事に気づいた頃にはもう遅い。
「やめてちょうだい、なまえ。自分のことをそうやって言うのは。私、あなたの死体を見るだなんて出来ないわ。死んだあなたをずっと飾っているなんて、そんなの出来ないわよ」
「ルッスーリア」
「あなたが亡くなる未来を考えるだけでもこんなに辛いのに、コレクションに加えるだなんて。ずっとずっとあなたの冷たい肌を眺めて生きるには辛すぎるわ」
ルッスーリアはサングラスを外し、ポケットから取り出したハンカチで目の端をそっと押さえながら涙を拭う。彼は脳内でなまえをコレクションにいれたら、と考えてみるもただただ泣いて暮らす自分しか想像出来ない。亡くなった時の彼女を取っておけば、その瞬間の気持ちすらも綺麗に取っておく気がしてルッスーリアは嫌だった。愛おしいなまえの死際、死顔を眺めるだなんて、その悲しみを生々しく持ったまま生きるのは難しいというのを彼はわかっているのだ。彼女のいない日々は彼にとっても、彼の上司でありなまえの夫であるザンザスにとっても想像し難い日々を意味している。
「ごめんなさい、無神経だった」
見たこともない彼の瞳を見る機会が巡ってきたのに、こんなネガティヴな瞬間だとはなまえも思いもしなかっただろう。
「・・・・私も、ルッスーリアと会えなくなるのは寂しいし子供達の成長を見守れないの嫌」
「なまえ、お願いよ。もう2度とこんなこと言わないちょうだい。私は移ろいゆく日々の中で過ごすあなたが好きなの。移ろいゆく日々を一緒に眺めたいし、ボスと一緒にいつまでも末長く幸せでいてほしいのよ。自分のことをそんな些末的に、ぞんざいにしないで」
ぎゅうっとルッスーリアはなまえの手を握った。今は暖かいこの手も、冷たくなってしまうのか。握っても握り返してくれないのか、と想像し彼はまた一度涙を流した。彼女の手の甲に落ちた涙は生温かく、なまえはぼんやりと見える自身の未来に目を逸らそうとルッスーリアに抱きつく。
「私、やっと、好きな人と一緒になれたのに」
抱きしめあって涙を流すにはあまりも悲しい。その涙を拭って悲しみを晴らす方法をルッスーリアもなまえもわからない。勿論、それはここにいない彼女の夫であるザンザスもそうだ。ただただ、時の流れがゆるやかに、彼女の体に入り込む病魔が静かであることを祈ることしか出来ない。
ここに至るまでの苦しい日々を懸命に歩んだ彼女に病を与えるにはどうにも辛い宿命である。
どうか、ザンザスとなまえを引き裂く時間がもっともっと遠くなるように、とルッスーリアは一体何度願っただろうか。愛おしいなまえ、春のひだまりのようななまえ。洞窟に迷い込んだものを、逃げ込んだものに道を知らせてくれる暖かななまえ。
出来ることなら、彼女のそのひだまりのような愛を香水にしておきたいとルッスーリアは思った。