可愛い子をいじめたくなる、というのは果たしてどういう意味なのだろうか。
どうにも上手くいかない日となったスクアーロは度重なる仕事の不運に疲れ切っていた。
こういう事もある、決して自分の運がないだけではないし、自分の実力不足ではないとスクアーロは沈みゆく気持ちを抑えながらエレベーターの到着を待つ。

彼が今いるのはボンゴレの息がかかったホテルである。
このホテルの最上階にはスイートルームあるのだが、その鍵を持たぬ人間は最上階のボタンすら押せない。と言っても、最上階直結のエレベーターがあるのでスイートルームのカードキーが無ければエレベーターにすら乗る事が出来ない。

ぼんやり、と目の前にあるブロンズ色のエレベーター扉を眺める。
部屋に入ったらまずは腰かけて少し飲もう、何の酒があるだろうか、つまみは適当に備え付けのを食べれば良い。そのまま寝たって良い、明日はオフなのだ、とスクアーロは瞬きを重たそうにしながら考えた。そして、やっとエレベーター横のランプが到着を知らせ光る。けれどもエレベーターの中にいたのは彼の上司だ。また適当な女だけでも引っかけたのか、と思いきや一緒にいるのはなまえである。


「・・・う゛ぉぉい・・・」

このエレベーターに乗れればすぐに部屋なのに。スクアーロは乗れずに小さく声を溢すもザンザスは気付かない。彼の性格を考えればすぐにエレベーターに乗り込むだろう。大声を出してここでいちゃつくな!、と言いたいくらいなのだが残念ながらそんな元気はない。そう、ザンザスは久しぶりに会えたなまえにたっぷりと煮えた蜜のような甘い口づけをしているからだ。エレベーターの扉が開かない程に夢中になってしまうのは何事か?暗殺者がそれでいいのだろうか?
金細工が施された絢爛すぎるブロンズの箱の中で今にも愛の花が咲いてしまいそうだ。

「ん、あ、まって」

「何だ」

なまえが腰に掛けられたザンザスの手を押さえて彼を制止する。
可愛くてたまらない婚約者の唇が離されるも、最初はあくまでも口遊びだろうとザンザスは思った。

「スクアーロが」

「あぁ?」

しかし、そうではない。
優しくなまえを見つめていた眼差しは一瞬にして鋭く赤い星となりエレベーター前で呆然とする自身の部下、スクアーロに向けられた。薄そうな下瞼に出来た隈から彼の疲労が伺える。すぐに彼の存在に気付けない程に口づけに夢中になっていたなまえが、気まずそうにエレベーターの開くのボタンを押した。

「スクアーロ、ごめんね、疲れてるのに」

そこまで待たされた訳ではないのに、スクアーロにとっては映画のやけにロマンティックに見せたがる演出のように2人のキスシーンがスローモーションに見えていた。
まあ別に上司が女と口づけをしているのを見て気まずいとも思わない。願いはただ早く、部屋に入りたいだけなのだ。
自身の疲れを察してくれた優しいなまえに、おう、と短く返事をした時だった。

「そこで寝てろ」

非情にもザンザスがなまえの手を払いのけ、エレヴェーターの扉を閉じようと閉じるボタンを力強く押し始めたのである。

「なっ!う゛ぉぉい!!!おかしいだろぉ!!!」

「階段でも使え」

「この!クソボスがぁ!!!!」

「るせぇ」

後ろに追いやられた婚約者だけがスクアーロの味方だった。扉は重い音を立てて再び閉まり、哀れな銀髪の剣士を残してスイートルームへと昇ってしまったのである。

ああ麗しいスクアーロ、今日はついていない。





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