春を運んでくる、春を待ちわびた花がずっと静かに蓄えていた蜜のような瞳、金羊毛で紡いだ髪の毛、星のインクで作られた優しくも輝く睫毛、港町の女神が口づけをしたくても火傷を恐れて出来ない肌。


そんな彼の頬はお酒をのみすぎたせいでぽんやりと、ほんの少しだけ、赤くなっている。誰もが愛するキャバッローネの10代目、そんな彼の誕生日パーティーは盛大に行われていた。彼が愛してやまないピザ、ラザニア、アクアパッツア、勿論バースデーケーキだって。陽気な音楽に踊りだす部下たち、招待されたディーノの親しい友人たち、誰もが笑顔で彼の誕生を祝福していた。


「飲み過ぎじゃない?」

「本当だなー」

はあ、とディーノはため息を付いてテラスで涼んでいる。まだ肌寒いが酒で火照った彼にはちょうど良いのだろう。なまえからもらった水を飲みながら、夜空を眺めれば無数の星が輝いていた。

「おーロマーリオどうした?」

「いや、何でもないぜ」

テラスへと繋がる扉からわずかな気配を感じたのか、声を掛けるも彼の親愛なる部下はただ通っただけだという。本当はそうではない事をこのうら若きボスは気付いていた。彼と今隣にいるなまえの恋路を案じているのだ。それはきっと彼の部下だけではなくて、夜のカーテンに飾られている小さな星々も気になって仕方がない。お喋りな女学生たちのようにちらちらと今日は輝いていた。

「もうすぐバレンタインデーだね」

「おう」

「前に出張でニューヨーク行った時は街中がバラだらけで、当時流行ってたピンクのストライプが有名なランジェリーブランドあったでしょ?それ持ってる男の人がいっぱいいて、見えないのにハートで溢れ返っててわくわくしたなぁって思い出すんだよね」

学生時代からの友人なまえはディーノにとってのマドンナである。
彼と同じ学校ではなく、その近くにあった清廉潔白を校訓とする全寮制の女子校の学生だった。たまたま当時仲良かった友達のガールフレンドの友達だったからなまえとディーノは知り合った。


『女には女の役割を、っていううちの学校嫌いなんだよね』

なまえの学校嫌いにまだへなちょこだったディーノは心惹きつけられた。
膝より少し下のプリーツの入ったワンピース、薄手の黒いタイツ、瞳を縁どる柔らかそうな睫毛にリップなどいらない唇。彼女の事をもっと知りたい、もっと近くにいたいと願い努力はしてきたがこんな国にいたくない、と強い言葉を吐いてなまえは海外の大学へ進学してしまった。そこから永遠のマドンナとして思い出の箱に彼女を飾り、ディーノも恋を重ねた。重ねて、彼女を良い思い出として過ごせていた。恋心ではなかった、あこがれだったんだと納得出来た去年の年末になまえと再会してしまったのだ。

「なまえはバレンタインに何するんだ?」

あこがれのマドンナである彼女は確かに目の前にいる。思い出の箱に飾っていたのはなまえだけではなかった。思い出として捉えていた恋心が静かに燃え始め、その炎がディーノ自身の心臓に火をつけ、彼女への想いを燃え上がらせてしまった。
彼の麗しい溶けてしまいそうな蜜の詰まった瞳はすっかり、なまえへの愛で溢れている。


「なんもないよ。自分にチョコでも買って食べようかな。
・・・・ディーノは?」

「えっ?あ、うわ!」

「わーーっ!シャツびしょびしょだよ!靴も!」

きっとロマーリオが見たら笑うだろう。なまえに見つめられ、手元が狂って水を零してしまうなんて。ディーノの胸ポケットに入っていたハンカチを取り、濡れたシャツから水分を取るようなまえは拭った。ふわり、と彼女の香水が彼の鼻腔を掠め、ディーノはますます酒に酔っている気持ちになった。

「わりぃ・・・」

「変わらないね。昔からハンサムで今はもう大人の男になったなって思ったけど」

思わず奥歯を強く噛んでしまった。こんな風に異性にときめくことはあまりなかったのに、いや、ここまであったんだろうか、と彼は自問したが答えは出ない。ずっと好きだったなまえに思考回路を奪われてしまったのだから。
服の水分を拭われているせいで2人の距離はすごく近い。夜空のカーテンの飾りであるはずの星が今にも飛び降りてきそうな勢いで輝いている。早く、2人の口づけを、とわくわくしているのだ。

「・・・なまえは、もっと綺麗になったな・・・」

「誕生日プレゼント持ってきてないよ」

あはは、と言って彼女は笑ったがディーノは笑っていない。
いつの間にか扉の向こうから聴こえる音楽はモータウンサウンドのラブソングに変わっていた。さっきまで見ていたディーノが何だかなまえには別人に見えて、燃える瞳にしっかりと結ばれた唇、どこにも彼女の知っている幼いころの面影はない。確かに知っているディーノだ、でも、そのディーノに向けられている眼差しをなまえは無視する事が出来ない。

「頬っぺたにキスしてあげよっか」

自分で言っておきながらなまえの胸は高鳴っている。こんなに緊張するのは大学の卒業式でスピーチをする時以来だ、だなんて思いながら。

「して欲しいって言ったらどうするんだよ」

「・・・するよ、頬っぺたに」

「じゃあ俺がお返しにキスしたらどうする?」

なまえの手を握るディーノの手はしっかりとしていて、中指の付け根の下に豆があった。ああ、成人した立派な大人の手だ、と思わず彼の手から成長を感じてしまった。それに、まさか、本当に子羊の様に可愛らしかったディーノが、こんな事を言ってくるなんてとなまえは動揺した。恥ずかしさと異性として見られている事に緊張して、今にも顔から火が出てしまいそうである。それでも、どこか負けん気の強い彼女はディーノの手を握り返してこう答えた。


「ずっと、キスしてくれれば良いのにって思ってた」


春をもたらしたのはどちらだろうか。
ディーノかもしれないし、この目の前で頬を染めるなまえかもしれない。
少なくともこの誕生日は彼にとって、後にも先にも最も幸せな誕生日にとなった事は確かだ。
そして、バレンタイン当日になまえの家にバラの花束とチョコレートが沢山届けられたのは勿論のことである。



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