跳ね馬ディーノが欲しいのはスティールブルーの時計なんかじゃない。
「なあ、なまえ」
サンタクロースに急いでえんとつの中に入ってきて欲しいとも思っていない。
「いいだろ、ずっといい子にしてたんだ」
そう言って口づけをねだるディーノに恋人である彼女はすっかり困り果ててしまった。
彼のお願いごとを聞けば口づけだけでは済まない事をわかっている。それでも、一体誰がこの男の願いを断れようか。
「いいボスだったろ?」
こつり、と彼女の胸元に顔を埋める彼はまるでゴールデンレトリバーのようだ。ご褒美を待ちわびる、もうとっくに夕飯の時間も済ませた筈なのに、おやつをねだるいけない子である。
同盟ファミリーを集めた会食、こちらの地方に来れない懇意のあるファミリーへの訪問、親しくしてもらっている企業への挨拶、とディーノはクリスマス休暇前の忙しなさを乗り越えたばかりだった。今夜だって早く切り上げる筈の会食に2人で赴いて帰ってきたばかりだ。
「明日朝も早いから寝たほうがいいですよ」
机に浅く腰を掛けて、くびれより少し下に回した手を固く結んだまま、とっくに抱きしめているなまえを自身の足の間にもっと引き込む。勿論これは彼なりの抗議だ。
「なんでそんなに冷たいんだよ〜」
天を仰いでがっかりしているのはキャバッローネのドンである。これを見た部下達は呆れて笑うに違いない。
そしてきっと、サンタクロースが良い子リストをチェックしているのは嘘だ!とそのドンは拗ねるだろう。
大好きななまえに会える日まで指折り頑張ってきたのに、彼女は自分の誘いに応えてくれないからだ。
「なあ、いいだろ。キスぐらい」
「・・・キスしたらお風呂行きますか?」
「行く」
「本当に?」
暖炉に吊るした靴下にプレゼントなんかいらない。ディーノはキャンディケインよりも甘いものをなまえから貰いたくて堪らないのだから。現にディーノの瞳は寒空の下灯るキャンドルのように暖かい。お酒のせいで彼のキャラメル色の瞳はすぐにでも溶けてしまいそうだ。とろりとした、甘い瞳だ。
「本当に」
その返事を聞いて、ゆっくりとディーノの首になまえの手が回される。ああこの仕草が恋しかった、と彼の中で高揚感が腹の底から上へと登っていく。どんなものよりも柔らかくて愛おしい場所は自分以外の男には触れて欲しくない場所だ。久しぶりの口づけをこのまま彼は終わらせるつもりなどない。なまえから言ってることと違う!と怒られるだろう。そんなことを想像しながら、右手で彼女の体のラインを辿るようにして上へと滑らせれば、なまえの体は驚き震えた。
「んっ、ディーノ、さ、んんっ」
彼女の頬に手を添えて口づけの角度を変えていけば可愛らしい声がすぐ側で聞こえる。きっと外でソリの音がなってもディーノにはもう聞こえない。
「もう、もう!だめ!お風呂いってください!」
「なまえはこのまま終わりでいいのか?」
なんともわざとらしくディーノは口づけの音を立ててなまえの唇から離れた。
頬に添えられた手はそのまま添えられており、少しばかり紅潮した頬を親指で撫でている。会食終わりに飲んだアイスワインが彼の瞳を溶かしているのではない。他の誰でもないなまえが彼の瞳を溶かしたのだ。そして、彼女の瞳にも同じように溶けている。
わかっている、彼がこうしてその気にさせるのが上手だという事を。
彼女も別にベリルグリーンの箱が欲しいのではない。ずっとディーノにこうされたかった。ああでも、彼は疲れているし明日は早いし、と気を遣ったのにそうはいかない。
「朝寝坊しちゃうでしょ」
「絶対しねぇって」
トップスターの灯りから2人を隠す為に夜空の重く薄く濁った雲からは雪の精がやってきている。そしてこれがまた、ディーノに絶好の口実になったとはなまえは思いもしなかった。