なまえがやってきて初めてのクリスマスにヴァリアー邸は少し浮き足立っていた。
暗殺部隊らしからぬ装飾はきっとよくないだろう、と控えめにしたつもりなのかもしれないが彼女とルッスーリアの部屋の扉の外には大きなリースが飾られている。また彼女の愛する場所であるキッチンにはサンタクロースの置物や、モミの木の枝が置かれていた。今までとは色の違う、温度の違う物がヴァリアー 邸の静寂の下の方で泳いでいるのだ。

その賑やかさに巻き込まれているのは彼女の夫であるザンザスもそうであった。

いつの間にこさえたのか、2人の愛の巣である寝室の寝具はすっかりクリスマス仕様である。今日はそんな妻であるなまえを連れてアメリカはニューヨークにある老舗ナイトクラブへとやってきた。クリスマスを前に浮き足立っているのはアメリカも同じで、点灯式をとっくに終えていた巨大なクリスマスツリーの前には世界中の観光客を集い、誰もが冬の休暇を待ちわびているし、ナイトクラブの今夜の公演もクリスマス・ジャズショーだ。

「おやおやこれはザンザス様、遠路はるばるよくぞお越しに」

クラブの支配人であるという彼は老紳士と呼ぶには若々しい。ザンザスの父親と懇意があったらしく老紳士にとってはザンザスは感慨深い客なのだ。

「それに奥様も!」

何よりもこの老紳士を驚かせたのは他ならぬなまえの存在である。クリスマスを意識して深緑のミニドレスに身を包んだ彼女の耳元にはザンザスから贈られたガーネットが輝いていた。

「いやはや、夫婦としてお越し頂けるとは光栄でございますな。1番の席を用意しております故、どうぞごゆるりとお過ごしください」

勧められるがままにザンザスはなまえの手を取り座席へと座らせる。くびれから腰まで流れる様なデザインがザンザスの脳内に薄紫色の粉をちらつかせたのは言うまでもない。今夜のなまえがいつもより色っぽく見えるのはクラブの照明のせいかもしれないが、なまえを口説くには十分な暗さだ。

「歩きにくそうな靴だな」

「ボスがエスコートしてくれるから大丈夫ってルッスーリアが教えてくれたのよ」

そう言って微笑む妻にザンザスは小さく笑う。
なまえの足元を彩っているのはこのミニドレスに合わせる為に生まれてきた様な靴だ。クリスマス前の旅行でしかもニューヨークだなんて!とルッスーリアが気合を入れて一緒に選んでくれた洋服と靴の一つで、なまえにとっては十分一張羅なのだがルッスーリアにしてみればまだまだ足りないらしい。

「お客さんがいっぱいね」

こちらの言葉に頷くだけのザンザスを横目で見てなまえはどきりとした。照明の落ちた場内に真っ黒なベルベッドの半円状のソファー、同じものに腰掛けているのにまるで彼こそがこのクラブの持ち主のようだ。自分とも、他の客とも異質な存在に見えた。ザンザスのガーネットの宝石よりも深く輝く赤い瞳はクリスマスの赤とは違う願いを持っているだろう。

「どうした」

横目で見ただけなのに、いつの間にか吸い込まれてしまう程にザンザスを見つめてしまった。まさか気付かれるとは。

「ハンサムさんね」

ぱちぱちと瞬きをするなまえはどこか落ち着かない。ステージではとっくに可愛らしくもセクシーな女性バックコーラスを3人引き連れた男性歌手が歌い始めている。幼い頃から何度も何度も聴いているそり滑りの歌なのだが、大人の色っぽさを持ちながらも楽しげにアレンジされた曲が場内の高揚感を高めていった。
しかし、片眉をあげて驚いてみせるザンザスとなまえはその高揚感に乗り切れていない。ザンザスはともかく、なまえは自身の夫に見ほれていた事を隠す為にナパ産のワインを無理矢理に煽る。

「飲みすぎて転ぶなよ」

多分気付かれている、となまえは恥ずかしくなった。暗い照明によって深い陰影が落とされたザンザスの顔はいつもよりも男らしくて触れば焼けてしまいそうな魅力が出ているのだ。きっと積極的な、彼が今まで出会った事のあるような女であれば頬に手を滑らせて口づけをねだってしまっただろう。

「あなたもね」

気まずそうに言って運ばれてきた前菜を食べ進めるなまえのフォークとナイフを握る手をザンザスは見つめた。暗殺業を生業とする男が、しかも自身の愛する妻から向けられるうっとりとした眼差しに気づかない訳がない。

「やけに熱っぽいのは酒のせいか」

「!!!」


ザンザスの悠然さに敵うほどの余裕をサンタクロースからプレゼントされたい、となまえは思うのであった。



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