クリスマスにはまだ早い凍える夜だった。
珍しく雪がちらつき、街歩く人の影は少ない。ザンザスは恋人のなまえを家にまで送り届け、扉の前でお別れの話をしている最中だ。黒いカシミアのコートにわずかに灰色がかったマフラーをしていても息は白い。なまえはの家の扉をあけたままザンザスと話し込んでいるが、足の指が冷えてきた。

「じゃあ、また、来週ね」

「ああ」

名残惜しそうな空気が2人の間に流れる。
いつもいつもデートの終わりはザンザスがなまえを家まで送り届けるのがお約束だ。可愛らしい触れるだけの口づけを落として、また、翌週に会う。それが2人のデートだった。付き合って日が浅いとはいえザンザスは会うたびに彼女を送っているが口づけ以上のことはまだない。大人になればその日のうちに肌を交わらせる者もいる。勿論ザンザスも例にもれず、付き合っていない者とすら肌を重ねる事もあった。対してなまえはそういう事をしない女である。

「・・・寒いから、少しあったまっていく?」

今日も口づけだけの可愛らしい別れかと思っていたザンザスにキューピッドが小粒なハートを幾重にも落とした。

「あの、でも、お喋りだけだよ」

ザンザスを見上げるなまえは可愛らしい子羊のようだ。寒さで赤くなった頬と鼻の先、まつ毛には雪の妖精が滑ったようで、濡れたせいかくっきりと瞳の形がわかる。

「嬉しいお誘いだな」

「狭いお部屋だけどどうぞ」

なまえはそうは言いつつも、どぎまぎしていた。何せ彼女は自分の部屋に異性を招き入れた事がない。コートハンガーの場所を示して、ザンザスにクリスマスキルトがかけられているソファーに腰掛けるよう告げる。たしかに広い部屋ではないが、なまえのこだわりが詰められた部屋だ。キッチンテーブルの上には小さなサンタクロース、間仕切りのない開け放てられたベッドルーム側には小さなクリスマスツリーが置かれていた。ヴァリアー邸にいれば感じることのない温もりをザンザスは感じ、そわそわしてしまう。勿論そわそわしているのはザンザスだけではない。家主であるなまえもそわそわしていた。
招いたことのない異性を部屋にあげるって大胆すぎたのではないか、とお湯を沸かしながら1人もんもんと過ぎた事を考えているのだ。

ヤカンを温める火の音だけが2人を包みこんでいく。

なまえはなんだか今夜は寂しさに耐えれない気がした。その気もないのに健全な肉欲を持っているであろう異性を部屋に招くのはなんだか失礼な気がしたし、応えれずに気まずい空気になるのも嫌だった。それでも、今夜は彼ともう少し話したかったのだ。コーヒーを淹れて、飲み終わる頃に彼はきっと帰るだろうと思ったなまえの考えはザンザスのいたずらで泡となって消える。

「きゃっ!」

座っていた筈のザンザスがなまえの耳輪を後ろからそっと噛んできたのだ。
驚きすくんだ体に左手が添えられ、空いた手はカウンターに置かれてしまって逃げ道を失う。

「わ、だ、だめです」

「本当におしゃべりだけなのか」

「えっ」

ザンザスは耳元で小さく低く、彼女以外に聞こえないように耳元で囁いた。クリスマスツリーのオーナメントに腰掛けていた幸福の粉を持った妖精たちはきっと2人の会話に耳を立てても聞こえないだろう。
ゆっくりと、冷たいなまえの耳を上から下まで食んでいく。その感覚に彼女はぞくぞくとし体を縮こめてしまった。ザンザスが1番下である耳たぶにちょっとだけ歯を立てれば、肩が跳ね上がる。

「なまえ」

「・・・まだ」

「これだけなら良いだろ」

恥ずかしさのあまりに顔を赤くするなまえを抱き寄せながら、ザンザスは顔を覗きこんだ。ずっと冷たかった筈の耳は彼に食まれたせいか妙に熱い。でも、じっとこちらに眼差しを向けてくるザンザスの瞳も随分と熱く、なまえは自分自身が沸騰してしまいそうなくらい恥ずかしかった。
すると、2人の様子のおかしさに気づいた妖精たちがそわそわとし、悲鳴をあげそうだったヤカンは突然静かになった。

震える睫毛、潤んだ瞳、頬紅など必要のないなまえの頬に手を添えてザンザスはそっと口づけをしたのである。
まだ暖まりきらない部屋の中でする口づけはとても熱かった。唇から全身に温度が回っていくようで、外だったらとっくに唇の隙間から漏れる息は白く染まっていただろう。

たっぷりと口づけとおしゃべりを楽しんだ後、ザンザスはやけに名残惜しそうに帰ったのは言うまでもない話である。



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