とある美女がこう話していた。

跳ね馬ディーノはびっくりすくらいの色男であると。露骨な男らしい色っぽさではない。例えば、女の子が皆チョコレートの心臓を持っていたら、その心臓はとろりと美味しそうに溶けてしまいそうな色気だという。ラズベリーを転がして、バラの花びらを撒いても良い。女の子たちをそんな気持ちにさせる色っぽさだと、うっとりとした眼差しで美女は語っていた。そして、話を深く聞けばディーノは誰にでも優しい態度を取るどっちつかずな男らしい。きっと異性から好意を持たれるのは慣れっこで、その好意を上手にシルクのハンカチにくるんでなかった事にするのも慣れっこだというのだ。それでも彼に恋心を抱く乙女は絶えなかった。幾人もが彼に恋をし、彼も時折その恋心の甘い香りを楽しみ大人になっていったが、本当の自分を心の底から愛されていない気がして、甘い香りを上手くくるむようになった。

しかし、今彼の視線の目の前にいるのはひんやりとした薄水色のミニドレスを着たなまえだ。豊穣の女神が秋一番の麦で紡いだ黄金の髪に、真っ赤なりんごから取れたはちみつ色の瞳、普段なら緊張することもないであろう跳ね馬ディーノが一人の乙女に胸を躍らせているのだ。

「・・・なまえ」

おそるおそる名を呼べば、その乙女は驚いたように振り返る。マニアが見たらよだれが止まらない往年の蓄音機からは美声と呼ぶには程遠い、低くも渋い声と緩やかなトランペットで成される音楽が流れていた。
なまえ、と呼ばれた乙女は急いで椅子から立ち上がりミニドレスの裾を払い皺をなくす。恥ずかしそうに髪の毛を耳の後ろにかけ、婚約者のディーノの瞳をまっすぐと見つめる。

「よく眠れたか?」

「お昼寝もしちゃった」

はにかみながら笑うなまえとディーノの出会いは実に運命的だった。出張先のパリのホテルでエンツィオがバルコニーの隙間から隣の部屋へとお散歩してしまった事がきっかけだ。しまった!とロマーリオと慌てたディーノだったが、ひょっこり隣の部屋から聞こえてきたのはエンツィオを褒める声だった。お礼にお茶でも、とロマーリオの一押しが全ての始まり今日に至る。恋のキューピッドはエンツィオかロマーリオか。

「緊張するな」

「ディーノが緊張してたら私どうなっちゃうの?」

なまえはそう言ってディーノの頭に着いた葉っぱを取った。彼女のドレスよりも少し彩度の落とした薄水色のスーツは彼の髪色をより美しく見せ、表情を柔らかく見せる。
落ち着かないのか、女神たちからの寵愛の口づけを受けてきた金髪の青年はなまえの手を取り握った。

「緊張してるわね、手が冷たい」

「そりゃするさ」

目の前で胸元あたりでつっかえている塊を落と様に息を吐くディーノを見てなまえは笑う。彼女は知っていたのだ、部下が居ないと随分と抜けてしまう事を。なまえに買ってきたアイスを零してしまったり、ピザの具が何故か全て落ちてしまったり、うっかりエンツィオを大きくさせてしまったりと。勿論、今日の為にしてきたダンスの練習では何度も足を踏まれた。けれども彼女は呆れることなく笑顔で見つめているのだ。
こんなにハンサムなのに、と幾度も友人たちにも言われたが太陽の様な寛容さになまえは心惹かれていた。

悲しい時は諦念を誘うような言葉ではなくそっとなまえに寄り添い、苦しい時は痛みを和らげようとなまえを何度も抱き締めてくれた。心に蓋をする必要などないと教えてくれたのはディーノだったのだ。

「その、これ、上手くできなかったんだけどさ」

ディーノはいつだってこうだ。
きっとどんなお目が高い女性だって、女神たちの瞳にハートを落としてしまう彼のすることはいつだってロマンティックで女の子達にこの世で最も幸福なのは私かもしれないと思わせてくれるのである。
ただ、この底抜けの不器用さに唖然とし逃げていく女も多々いるが、なまえは違った。

「綺麗なお花!」

だから頭に葉っぱがついてたのね、と笑いながら受け取るなまえの頬は初夏に咲く薔薇を思わせるように瑞々しく輝いている。
わざわざ花屋で買った花ではないと彼女はすぐに理解した。縦結びになっているリボン、花を包む色紙を何度も直したのがしわくちゃの跡が見える。それでも、彼が自分を思って一生懸命プレゼントを用意してくれたことを思うとなまえは愛おしい気持ちでいっぱいになった。

「嬉しい、こんなにセントポーリアがたくさん・・・」

花束を鼻まで持っていき香りをかげば、摘みたての花の香りが鼻腔いっぱいに広がる。
このまま、ありあまる花びらに飲まれて眠ってしまいたいぐらいの高揚感だ。
勿論、花束に顔を埋めて嬉しそうに目を伏せているなまえを愛おしそうにディーノが視線を送っていることを彼女は知らない。


「なまえ」

名前を呼ばれ、ゆっくりと瞳を見せるなまえにディーノは胸が高鳴った。我ながらどうかしてるな、と彼は思うも全ては彼女を想う故だ。本当はもっと早く彼女が控えているこの部屋にくる予定だった。でも、庭に植えられたセントポーリアを見て思わずなまえの顔が浮かんだのだ。小さな愛、という花言葉を持つ花。その言葉を聞いてディーノは彼女が自分に幾重にも降り注いでいる気がしてならないと思い、庭で1人奮闘していたのだった。

「愛してる」

「私も、きっとディーノよりも」

「俺のが上だな」

「そうかしら」

ディーノはセントポーリアを両手で持ってわざと彼から逃げようとするなまえのくびれに腕を回して抱きしめる。色合いの似た洋服が重なり、どこでそれぞれの服に分かれているのかわからない。ふっくらとした唇にディーノが唇を寄せれば、彼女の心はチョコレートの様に溶けていく。小気味良い音が音楽とともに何度か聞こえる。

『なまえが悲しい時はいくらだって涙を拭うし、降り注ぐ雨が辛かったら俺は傘になる』

ディーノのプロポーズの言葉を思い出し、なまえは思わず鼻がツンとした。
ああ、私はこんなにも心優しい自分を思ってくれる人間と永遠の愛を誓うのだと。

「幸せな誕生日すぎて夢みたい」

「俺もそう思うけど、そうは思えないぐらいどきどきしてる」

今夜は間違いなく長い夜になるだろう。婚約発表も兼ねたなまえの誕生日パーティだ。屋敷中の使用人と、自身の部下たちが胸を踊らせ2人を待っている。きっと早々に部屋には戻ってこれない。この抑えきれない暖かな胸の気持ちを今のうちに少しでも彼女に伝えたい、とディーノはなまえにキスの雨を降らせた。

「誕生日おめでとう、なまえ。
心の底から愛してる。ずっと、俺の側で笑っててくれ」

愛溢れる彼の願いは夜空に輝き続け、なまえはそのお礼にセントポーリアの花を幾重にも何度も降らせていった。




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