「ボス、なまえが結婚したぜ」

寝起きのまだぼんやりとした頭でディーノは腹心の部下、ロマーリオから新聞を受け取る。
その一面にはかつて甘い時間を共有したなまえが政治界の若手ホープとの写真が載っていた。

藍色のスーツを着る自分と同じ年くらいの男は嫌みのない笑顔に、聡明そうだ。
隣で微笑んでいるなまえには昔のお転婆さは微塵のかけらもない。
左手薬指にはスクエア型にカットされたダイヤモンドの指輪が光っている。

ああ、愛したなまえが結婚したのか。

とっくの昔に手放した恋人の婚姻の知らせにディーノはなんだか寂しくなった。

「なまえに先越されちまったな」

ははは、とディーノは乾いた笑いをしてバスローブに手をかける。次はボスだぜ、とローマリオが言うのを一蹴しバスルームに入っていった。

なまえは大物政治家の娘だった。イタリアの経済促進に一役買い、輸出業では大きな功績を果たした。腐敗した人間の多い世界で珍しい立派な男だとディーノは思っていた。
勿論、自分達が彼の正義の瞳に殺されない様に細心の注意を払って仕事をしてきたし、今もそうしている。
彼の主催するパーティーでなまえと出会ったディーノは一目で彼女に恋に落ちた。
穢れのない澄んだ瞳に、屈託のない笑顔は彼の心を掴み離さなかったのだ。

愛しい、愛おしいなまえ。

ジャスミンの花の下で自分の口づけを待つ彼女は麗しかった。
口づけをしようとして、うっかりなまえのおでこと自分のおでこをぶつけてしまったが、彼女は『可愛い人ね』と言って笑ってくれた。
しばらく夏の月の下、ジャスミンの香りに包まれてピスタチオのジェラートを食べた。
あの時程においしいジェラートは無い、とディーノは今でも思う。

2人でドライブをしたり、買い物をしたり、パリに旅行をしたり。

なまえとの思い出が久しぶりにディーノの脳内に蘇る。
随分と彼女には手を焼かされた気がするが、それを助長させたのは可愛がり過ぎたボスのせいだ、と誰もが言っていた。それ程にディーノはなまえに心奪われていたのだ。
特に、なまえの誕生日には力を入れた。彼女が可愛い、と言っていたワンピースや靴をプレゼントすればなまえはディーノに飛びついて大喜びだった。
せっかくだから、と写真屋を呼んで撮った2回分の誕生日パーティーの写真はまだディーノの机の中にある。

可愛いなまえ、愛おしいなまえ。

もし、あの青年ではなく自分が彼女の隣に居れたらどんなに幸福なのだろうかとディーノは考える。そしてなまえもどんなに喜んでくれたか考える。
心臓と心臓が一つになった様な恋を2人はしてきたからだ。
けれども、なまえの父親が反社会勢力淘汰に力をいれる、と発表をしたときに関係を終わりにしなければならないと思った。

『意気地なし!私の事好きじゃないんでしょ?!』

彼女の父親に自分達ファミリーが淘汰されない自信は大いにあったし、される筈がなかった。勿論今だってなにもない。それでも、ディーノはなまえを手放さなければならないと考えていたのだ。
愛する彼女につらい思いをして欲しくない、その一心でディーノは何時間も説得した。
自分との交際が世間に知れ渡れば父親の政治家生命は終わってしまうし、なまえにとっても明るい未来はない。

彼女との交際を終えれば、なまえに向けられる世間の好奇心からも守る事が出来る。
彼女の家族もみんな幸せになれる。幸せになってほしい、一時の恋慕の情ですべてを失ってほしくないというのがディーノの意見であった。

『馬鹿、どうしてそんな顔するの』

説得を受け入れてくれたのか、無理やり受け入れさせたのかわかり難い状況だったが、なまえの泣き顔を見続けるのは辛い物だった。彼女の言葉によるとディーノも随分と辛い表情をしていたらしいが。

「なまえと駆け落ちしなくて良かったのか?」

風呂上がりのディーノを待ち受けていたのはロマーリオからの鋭い質問だった。
いっそのこと駆け落ちしてしまおうか、と考えなかった訳ではないのだ。
彼女を連れて知らない国で2人で生きていこうかと考えた。だが、残されたファミリーは?彼女の家族は?もし、見つかったらどうなる?おとぎ話の様に幸せに暮らせる?
住む世界違う2人が結ばれる事はないのだ。考えすぎて眠れなかった夜をディーノは思い出した。次のデートが楽しみ、というなまえのメッセージも一緒に。

「・・・俺にはお前たちがいるし、なまえに危険な目を合わせなくて済むだろ」

「大人になったなあ、ボス」

「なっ、うっせーよ!」

ディーノ、とメッセージカードには書かずに花束に差し込む。
愛するなまえにはもう会えないだろう。たとえ彼女と結ばれていたとしても、今日の様に結ばれていなくても、ディーノはただただ彼女の幸せを願おうと決めていたのだ。
なまえがかつで大好きだ、と言った花々は大きな赤色のリボンでまとめられている。

そんな思いを込められた花束は差出人不明の贈物として、なまえに届けられ彼女に永遠の夏の夢の終わりを告げたのだった。





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