自分にとって生涯忘れられない相手だとは思う。
ずっとずっと、私は彼を愛していると思う。

「なまえさん、きっとお父様も喜ばれますね」

「そうね、父親も喜んでくれるわ」

隣にいるのは自分が1番愛した男ではない。愛してる度合いで言えば2番目だろう。
写真には写らないであろう小さな埃を彼の藍色のジャケットから拭う。
短く切り揃えた髪の毛はワックスでばっちり決まっている。
政治界の若手ホープ、イタリアの希望を一身に背負う彼が私の夫だ。

「じゃあこちらを向いてください〜!」

『なまえ、綺麗になったな』

2回目の誕生日をお祝いしてもらった時の声が蘇る。
今日と同じように、わざわざあの男は写真屋を呼んでめかし込んだ私とのツーショットを撮った。彼と一緒にヴァージンロードを歩いて、その後にこうして写真が撮れたらいいのにと思ったけれども、それは叶わなかった。永遠の夢だ。終わらない、現実になる事のない、夢なのだ。

金羊毛で紡いだような金髪の髪色、夕日を受けて金色に輝く実り多い小麦色の瞳、私の愛してやまなかったディーノ。

彼はマフィアのドンだ。対して私は、自分で言うのもなんだけれども大物政治家の娘。
立派な学校に入れてもらって、社交界にだって私は出た。欲しい物は何でも買い与えられて、私の学生時代は青くも暖かく眩い光を放つ日々だった。

ディーノとは父親の日伊の貿易促進を名目としたパーティーで出会った。
気鋭のビジネスマンだ、と父親に紹介されて私はただ格好良い男の人、と思っただけ。
夏のジャスミンの花が咲き誇るいい香りのする庭で、薄い星々の明かりを受けながら2人でスイーツを食べながら色々話をした。
見た目によらずびっくりするくらいに彼はドジなのが可愛らしい。
素直で、部下思いで、出会う人を嫌な気持ちにさせない優しい優しい人だった。
彼を好きになるのはあっという間だったのは言うまでも無いわね。

2人で沢山の遊びをして、私がどんなに怒っても我儘をしても、彼は一切怒らなかった。
今、横で並んでいる夫もそうだけれども、ディーノだけは違う。

彼の口づけも、彼の私の頬に触れる手も、左肩から施されているタトゥーも全てが好きで好きで、ディーノよりも相性のいい男なんかいないと思っていた。
それぐらいに彼は私に愛する人と触れ合う事の尊さを教えてくれたのだ。

『・・・お父さんのこと考えてやれ。俺たちマフィアと戦う善良な政治家だ』

『ディーノは悪いことしてないじゃない』

『だとしても、俺がなまえと付き合ってるってわかったらお父さんはどうなる?』

わんわん泣きじゃくる私を慰める為に彼は車を路肩に止めていた。
反社会勢力淘汰に父親は選挙に出る事になった影響だ。
別に私たちになんの影響もないと思ってたし、ディーノも気にしないでいてくれるとも思っていた。それがまさか、自分の愛してやまない人から言われるなんて。
もう数年も前なのに、あの夜の悲しい気持ちを私はまだ鮮明に覚えている。

そんなマニフェストを掲げている政治家の娘がマフィアと付き合っているとわかれば、一大スキャンダルだ。父親の政治家としての命は一瞬で終わってしまう。わかっていたけども、それを上回る気持ちはディーノのにはないの?と思って、私は彼に別れたくないと泣き喚いた。いっその事、駆け落ちしようって言ってくれたら良かったのに、なんて。

『これが最善なんだ、嘘でもなんでもない。
なまえのことは愛してる。だから、手放すんだ』

恐ろしく切なそうな顔をしたディーノ。
今まで一度も見たことのない顔だった。いつも笑顔で、垂れ目をゆるりと下げて、私の話を楽しそうに聞いてくれて、私を愛おし気に見つめてくれる幸福そうな彼の笑顔はどこにもなかった。

『ちゃんと幸せになれよ、なまえ』

彼から受けた最後の口づけは、私の胸を酷く搾り上げた。
悲しくて悲しくて悲しくて。あんなにも愛し合っていたのに私達は結ばれなかった。

ディーノの馬鹿、意気地なし、馬鹿、馬鹿、馬鹿。

そうやって悲しみを紛れさせようと激しく彼を罵るべく、滅多に書かない日記に
殴り書きをした事もあった。

でも、今ならそうは言わないだろう。
私の心は確かにショックでぼろぼろだった。心のガラスの破片が辺りに散らばって、とても魔法使いにガラスの靴にしてもらうには難しい程だった。
彼以上に愛せる男はいない。それでも、ディーノ以上に愛を教えてくれた男はいない。
愛する事、愛する人を思い遣る気持ちを教えてくれたのだ。

自分に愛の眼差しを向けてくれる者の尊さ、その愛を受け取れることの尊さ。
愛する人と永遠の愛を誓える事の尊さを。

きっと、ディーノと出会ってなければ、ディーノと別れて居なければ、私はわからない。
ずっとずっと欲しがりな我儘な女の子だっただろう。




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