なまえに自身の生い立ちを話した時、ザンザスはまるで深い海の底へ沈みゆく気がしました。
ゆっくりと意識が底へ沈みゆき、丸くて大きな泡が疎らに、自身の周りを漂っている様に感じたのです。

生まれた街のことは遠い昔の話かもしれません、ザンザスにとっては。掌に宿した炎が全てを覆い尽くすように彼の運命を変えたのですから。幸か不幸か、彼にとってどちらなのかは彼以外誰にも知り得ません。感情を知らせないように彼は淡々と話そうと努めたのかもしれません。努めたのか、そうなったのか。
目の前にはない遠い地平線を見つめる彼に見えていたのは、また別の景色かもしれません。でも、なまえはただじっと、ザンザスの見ている景色から紡ぐがれる言葉を黙って聞いたままでした。
自分の名前の由来、実の父親は知らない、二度のクーデターを企てたという話を、決して色明るくない話をなまえは見守るように聞いていたのです。ザンザスは決して彼女と目を合わせようとしませんでしたが、なまえは彼の方に視線を傾けたままだったのです。

その事は気付いていたのに、どうにも喋り過ぎてしまったようでした。

沈み込んだ海の底、海の上から差し込む陽の光はとても麗しく、真冬の寒さなんて無縁なくらいにはザンザスを包み込みました。次第にその陽の光から逃げるように意識は彷徨い、青かった海の底には薄い赤色の切れ布が舞いました。ザンザスは、やっと顔を深い海の底、意識の底から顔をあげました。

『もう寝室に戻れ』

陽の光などありません。見えるのは、ソファーに横たわってこちらを見つめるなまえと、夜空高く輝く月明かりだけでした。彼女を一瞥もせずに、浴室に向かっては暫くシャワーに打たれてから、寝室に向かいました。明日には、といっても今日ですが、妻になるなまえの眠るベッドに入ります。彼女に背を向けて、目を閉じました。

すると、後ろから腰の方へ手が伸びてきたではないですか。

『・・・どうした』

『私を、見つけてくれてありがとう』

背中に自分よりも低く、それでも柔らかな温度が広がります。深い海の底に沈んでいったような意識でしたが、今度は春の小川に漂うような心地良さに包まれていく気がしました。ザンザスは回された手に自身の手を重ね、二人は丸くなって眠りについたのでした。





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