なまえは自身の頭頂に何か柔らかなものが押し当たる感覚がしました。
ヴェールを被ったまま驚き振り向くと、白く細かな花で埋め尽くされていた視界が次第に晴れていきます。
視界が晴れれば晴れれば、なまえの鼓動は大きくなり、視界そのものすら揺れ動くような気がしました。

「ザンザス・・・?」

彼女のヴェールを上げたのも、頭頂に口づけをしたのはルッスーリアでなければ、勿論ベルでもありませんでした。
帰宅は明日であった筈の自身の夫でした。離れてヴェールを取ろう、となまえは思いましたがザンザスにその考えを読まれていたようです。腰に腕を回された挙句、額と額を隙間なくくっつけられてしまいます。太陽が西に傾こうとしているせいか、部屋の窓に差し込む日差しは鋭くさながら春のようでした。でも、ザンザスは確かに春だと信じています。
自分の腕の中にあるのは、永遠の冬に芽生えた春の柔らかな命だと。

「仕事が早く片付いた」

「そう、ナターレだから?」

「さあな」

ザンザスの春が、なまえが恐る恐る視線をあげます。
すると、太陽の力強い日差しにも負けない程の赤い瞳と目が合いました。眩しい筈なのに、彼はじっと彼女を見つめました。出会った時と変わらない力強い眼差しです。夜空の下で見ると燃え続ける恒星のようですが、夕暮れ前に見ると夜の魔女がうっかり落としてしまったガーネットのようでした。

「今日はフォアグラと貴腐ワインがあるんだけど」

貴腐ワインが気に入らなかったのでしょう。ザンザスは片目だけ目を細めました。
いつものワインね、と言ったきり会話は途絶えてしまいます。互いに、すれ違いながらも瞬きを三度ほど繰り返した時です。ザンザスは、そっと、まるで初めて口づけをするかのように、優しくなまえに口づけました。

「綺麗だ」

なまえにしか聞こえないように、小さくザンザスが囁いたせいでしょうか。窓から差し込んでいた日差しが、ぽっと頬を丸く染めます。でも、本当は染まったのはなまえの頬でしょう。彼女は驚き、ザンザスははっきりとした褒め言葉を言わない男だと思っていたので、恥ずかしそうに笑い目を逸らしました。けれども、ガラスの靴を落としていったお姫様を追いかけるようになまえ、と呼ばれ視線はまたザンザスの方へ戻ってしまいます。

「お前を見失わなくて良かった」

愛おしい宝物を抱きしめるように、ザンザスはなまえの背中に腕を回しました。
怒りの炎で見えなくなったもの、見失ったものもあったでしょう。勿論、耐えきれなかったものも。けれども、なまえは確かに腕の中にいます。自分よりも小さくて細い腕が自身の背中に、服に沈みゆく感覚に身を預けるようにザンザスは目を瞑りました。

なまえもまた、彼が怒りに飲み込まれずにここまでやって来れて良かった、と思いました。

そして、自分を見失わずに居てくれた事を嬉しく思い、静かに涙をこぼしたのです。





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