恋する赤い鳥



正直言えば退屈だった。
ザンザスは真っ青なスクリーンを非常口に程なく近い席からぼんやりと眺める。

公開初日のせいか、遅い時間の上映にも関わらず映画館内は満席だ。
恋人のねむるが観たいという、人間の声の出ない女とアマゾンで神だと言われる生物のラブストーリーだ。けれども実際は広告とは打って変わって想像以上に暴力的なシーンも多く、ねむるは時折肩を小さく跳ねさせていた。

その気配に気づきつつも、彼は何もしなかった。
後どのくらい経てばこの映画が終わるのだろう、と思いながら、声の出ない主人公が卵を茹でるシーンを見つめる。眠ってしまっても良かったが、なんとなくそれはしたくなかった。かといって、彼女から感想を求められた時に言葉に詰まるのも嫌なのだ。

いよいよ物語の終盤に差し迫ったのだろうか、よからぬ事が起きるのを予測させる音楽が流れる。ねむるは音楽から既に身構えていたのだが、ザンザスはいつもと変わらぬまま悠然と座って居る。アメリカの研究室で工作員として忍び込んでいたロシア人が逃げ出したのだ。秘密を抱えた同胞がアメリカに寝返るのは許さない、と祖国の人間から拷問を受けているシーンである。既に銃撃を受けて負傷していた腕が踏まれるや否や、哀れな男は悲鳴をあげた。

同時に、小さくひやりとした感覚がザンザスの手に触れた。
見るまでもなく、ねむるの手である。怖さに堪えかねてつい握ってしまったようだ。
程なくして映画の中の男が惨たらしく殺された後、彼女ははっとした。手を握ってしまった、と。静かに手を離そうとしたが、それはザンザスによって阻止されてしまう。

疑問に思い、彼を横目で見遣れば青い照明に照らされ、どことなく紫がかって見える瞳とぶつかった。このままで良い、と言わんばかりにザンザスはねむるの手を、指一本一本を絡めるように握ったのだ。
肌と肌がぴったりと吸いつくような気がして、なんだかそわそわした。何せ、これまでのデートでねむるはザンザスと手を繋いだ事がなかった。階段を降りるときに彼の腕に手を伸ばすので精一杯だったのだ。映画の内容は依然怖かったが、ザンザスに手を繋いでもらえるだけ、心強い気がした。

時々、ザンザスが繋いだ手の親指の腹で、彼女の手の甲や、掌を摩るせいでねむるは少しだけむずむずした。逃げるように手の角度を変えても、ザンザスは時間を置いてまた、彼女の手で遊んだ。それは映画が終わるまで、間隔をあけて続けられた。


「怖かった」

「だろうな」

夜闇に溶け込みそうな彼の愛車に乗り込みながらねむるは映画の感想を言う。
映画の最後は確かにハッピーエンドではあったが、暴力的なシーンと色による強烈な表現のせいでねむるは少し放心状態だった。ザンザスは別に怖いとも、面白いとも言わない。
ラジオから流れる陽気な音楽に彼は不満なようで、信号待ちの間に気怠そうにハンドルの内側にあるボタンを押しては局を変えていく。

「面白くなかった?」

ねむるの質問にザンザスは閉口した。
別に、まあ、そうだな、なんと答えるべきか言葉を頭の中で何度も巡らせる。今までの女にならそう言っても良かっただろう。でも、やっぱり、彼女には言いたくなかった。ザンザスが彼女を傷つけまいと思案している間、ねむるは面白くなかったよね、と察した。

「ザンザスさ」

「・・・お前をからかう方が面白い」

「え?」

呼びかけた声はザンザスにかき消され、更には早口な天気予報によってまたもや彼女の声はかき消されてしまった。ザンザスの言葉の真意はわからない。
恐らく、聞いたところで言葉通りなのだが、彼女は不敵な笑みを浮かべた彼にドキドキしてしまい、ねむるは家に帰るまで何もしゃべれなくなってしまった。











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